後日談・アレンとセルメ
クーラさんからお誘いの連絡が来た数日後。
俺は緊張しながら、待ち合わせ場所の喫茶店で待っていた。
ストフォン取り出して時間を確認する。
約束の時間には、まだ一時間近く早い。
遅れるよりは良いと思って早く来てしまった。
クーラさんが指定した喫茶店は、シックな感じで静かなジャズが流れている。
オシャレな店だな。俺なんて適当な店に入るだけなのに……。
「オスカー君? もう来てたの?」
「!?」
声を聞いただけで心臓が跳ね上がりそうになる。
慌てて声がした方に振り返ると、微笑んでいるクーラさんが居た。
……やばい、職場で見るよりメッチャ美人に見える。
「もしかして、待たせちゃったかな?」
「い、いえ俺も今来たところです!」
一度言ってみたかったんだよなぁ……このセリフ。
「そう? なら良かったわ。少し早めに来てしまったから」
改めてストフォンを見る。
約束の時間の10分前くらいに、いつの間にかなっていた。
「ほ、本日は、お誘い頂きありがとうございます」
緊張で上手く声が出なくて恥ずかしい。
「そんなに固くならないで。お礼だから」
「はいっ、ありがとうございます」
「とりあえず、何か頼みましょうか」
クーラさんが手慣れた手つきで、テーブルにあるタブレットで注文をする。
俺の分も一緒にしてくれた。
やがて飲み物が運ばれて一息ついた後、クーラさんが俺を見る。
「この前は本当にありがとう。君がキューピッドの魔法を解いてくれたのね」
「は、はい。その、手荒な真似だったとは思うのですが」
「良いのよ。それに、攻撃から身を挺して守ろうとしてくれたわ」
「それはその……咄嗟にでした」
あの時は無我夢中だった。
水をぶっかけたのも……。
「オスカー君。連絡先を交換したのに、全然連絡しなくてごめんね」
「そんな事ありません。俺もその……勇気が湧かずに、何もしませんでした。あの……どうして俺に連絡をくれたんですか?」
俺はどうしても不思議だった。
確かに助けたかもしれないが、それだけでこうやって会ってくれるだろうかと。
「……そうね。隊員や友達に背中を押されたから、かな」
「?」
「君は私が転移者だって事は知っていたわね?」
「は、はい」
「私はね。元の世界で悪魔の怪物って言われて、嫌われていたの」
「そ、そんなどうしてですか!」
思わず声を上げる。するとクーラさんは人差し指を口元で立てた。
「お店だから静かに」
「あ……すみません」
クーラさんは小さく笑うと、視線をコーヒーに落としてスプーンで混ぜる。
「昔私は傷付いた時に小さな漁村で助けられてね。それからはずっとそこで生活していたの。元々人型の魔物だから、一緒に住む事は難しくなかったわ」
「クーラさんの世界は、ここみたいな所なんですか?」
「そうね。ここよりも科学は全然発達はしていなかったわね。でものどかで良い世界だった。あの時までは……」
コーヒーを混ぜるスプーンが止まる。
俺はなんて声を掛けていいのか分からなかった。
「ある日、漁村の近くで大きな商船が沈没したの。全員が死亡。そして、その時の目撃者がいてね。私が襲ったって証言したのよ」
「え?」
「もちろん、私は村に居てそんな事はしていなかった。でも捕まって投獄されたわ。商船には大量の金銀財宝に、どうやら国の王子も乗っていたみたい」
「じゃあ、財宝も王子さんも海に?」
「そう。私はいつか疑いは晴れると思ったけど、でもそんな事はなかった。そしてある日、処刑されるから逃げろって私を逃がしてくれた人がいたわ」
「クーラさんの事を信じてくれた人がいたんですね? よかった」
クーラさんの世界は悪い人ばかりじゃない。
そう思えて俺はホッとした。
「あの、クーラさんは強いですよね? やり返そうとか思わなかったんですか?」
「……そんな事をしたら、私を助けてくれた漁村の人たちに迷惑がかかるからね。それに、人間の事は好きだったから」
クーラさんはそう答えるけど、目は悲しそうだ。
「でも逃げた事が良くなかった。逃げたから、商船を襲ったのは本当なんだろうって逆に疑惑が強まったの。その話は国内だけではなく、世界中に広まったわ」
「そんな……どうして。ひどすぎます」
「今思えば、私を逃がしたのも真犯人の計画だったのかもね」
「……」
「そして陸に私の居場所は無くなった。暗い暗いの海の底で、私は一人過ごした。その時、気付いたの」
そこでクーラさんは俺を見た。
その表情はなぜか笑っている。
どうして……笑えるんだろ。
「私は世界に……世界の人々に嫌われたんだと。もう私の居場所は無いんだなって。そして気付いたらダストワールドにいたわ」
「そう……だったんですか」
「本当はね。私、今の職業になる気がなかったの」
「そうなんですか?」
「静かにゆっくり、生きれればいいなぁって思ってたから」
クーラさんが再び、コーヒーへ視線を落とす。
「だけどグラーク襲撃の時、困っている人を助けてね。でも怖かった。化け物だって言われるんじゃないかって」
「そんなことありません! ここはいろんな種族がいますから」
「その通りだった。みんな『ありがとう。カッコイイ』って私に笑顔を見せてくれてね。だから、私はこの世界を守りたいって思ったの」
そこまで言うと、クーラさんが俺を再び見る。
その目はさっきまでと違って、力強い光があった。
「私を受け入れてくれた世界を、私も受け入れて大事にしようって」
「……」
「さてと、自分語りばかりしてごめんなさい」
「いえ、クーラさんの事が知れて、その……嬉しかったです」
「ありがとう。で、ここから本題なんだけど……その前に水を一杯くれる?」
「え?」
クーラさんは、コップにあった水を飲み干すと、空のコップを俺に差し出した。
言われるがまま、俺は普段しているように水を淹れる。
暫くその水を見つめるとクーラさんは一気に飲み干した。
「水の精霊が出す水は、言葉よりも雄弁って本当にね。気弱で臆病で……優しい味。本当に美味しいわ」
「あ、ありがとうございます」
これは良く言われる事だった。
水の精霊が出す特殊な水は、心を反映するって。
正直、クーラさんはほめ過ぎな気がするけど。
「そんな事があったから、どうしても人に壁を作っちゃってね。一歩踏み込む勇気が湧かなかったの。でも今回のキューピッドの件で友達をみて羨ましくって」
「羨ましい?」
「そう、告白した友達がみんな幸せそうだったから。本人に聞いたら『怖いけど、やっぱり言って良かった』って。そしてそれが私に足りない物なんだなって」
「足りない物……ですか」
「君に連絡をしなかったのは怖かったから。断られたら、きっとショックだろうなぁって。でも前に進まないのはもっとダメなんだろうって思えたのよ」
「!?」
この時、レウル支部長の言葉を思い出した。
『お前がしている事は自分ができるだけ傷つかない方法だ』
『相手もお前を誘って断られたら傷付く』
『何かを手に入れる事ができる奴は、傷付いても前へ進んで立っている奴だ』
……クーラさんも同じだった。
なのに俺は、俺は!
「……っ!」
「え? ちょっとオスカー君!?」
気付けば俺は、自分の頬を思い切り叩いてた。
俺は……最低だった。
相手からして貰う事に期待して、自分から前に進もうとしなかった。
クーラさんがここまで悩んで考え、誘ってくれたのに。
俺はただバカみたいに喜んでいただけだ!
「……俺は最低でした」
「どうして?」
「俺も、断られたらショックで傷つくと思っていました。だから……だから、ただ待っているだけだった」
「そう」
「何も反応がないのなら仕方ないって、自分で勝手に言い聞かせて、相手に期待ばかりする、そんな卑怯者です」
「……」
「俺は……貴女に誘ってもえるような、相応しい男じゃない」
「本当にそうかな?」
「え?」
クーラさんが俺を見て微笑んでいる。
「それでも、やっぱり私を二度も必死に守ろうとしてくれた君は、カッコ良かったわ。私も君も、これからなんじゃない? まずは最初の一歩」
「最初の一歩?」
「そう。今回は私から前に歩いた。次は……誰かしら?」
「……!?」
本当に自分が情けない。ここまで言われないと気付けないなんて。
「あ、あのよろしければ。次は自分から誘ってもいいでしょうか! 必ずや、ご満足いただけるプランを用意してみせます!」
「期待して、待ってても良い?」
「はい!」
「そっか。じゃあ、次は君からよろしくね」
「はい!」
「でも、その前にもう少しだけ前に進めようか。ね、『アレン君』」
「!? あ、その。は、はいクー……」
と、俺が名前を言いかけた時、クーラさんが首を横に振った。
「……せ、セルメさん。その、頑張ります」
自分で酷く間抜けな事を言っている気がした。
だけど、クー……じゃなくて、セルメさんは俺を見て優しく笑っている。
その時、ふとキューピッドが目に止まった。
「それ、本当に恋のキューピッドになったわね」
セルメさんが、指でヒビの入ったキューピッドを優しくつつく。
「はい。俺の宝物です」
なぁキューピッド。
これからセルメさんと、どうなるかは分からないけど。
もし、俺とセルメさんの仲がもっと進んだその時は……。
恋のキューピッド、お前は俺の家宝に決定だ!
~ 後日談・アレンとセルメ 完 ~




