5 キューピッドの目覚め
パーティーが終わった翌日の昼休み。
第1支部長室では、レウルとケイがエニとモニターを通じて話をしていた。
「話があるってどうかしたのか?」
『ええ、昨日のパーティーについてちょっと……』
モニター越しに映るエニは、困惑した表情を浮かべている。
「何か問題でもあったのですか?」
ケイが聞く。
『一応恋人や仲が良くなった人がいた場合、その事を教えていただくようになっていたのですが。あ、名前ではなく、上手くいったかどうかだけです』
「ああ、そういう決まりだったな。成功率を知るためだったか」
『はい。問題はその成功率なんですが……80%台なんです』
「多ければ良いんじゃないか?」
『それはそうなんですが、ちょっと多すぎるかなと』
「本来はどのくらいなんだ?」
『良くて60%くらいじゃないでしょうか? しかも感想もちょっと奇妙でして』
「奇妙?」
『感想には「なぜか告白する勇気が湧いた」、「とても押しの強いアプローチを貰った」とありまして。ほとんどが同じなんです』
「あれじゃないか。エニがたきつけた反動なんじゃ?」
『そうかもしれませんが、ちょっと気になったもので。今そちらでは何か変わった事はありせんか?』
レウルがケイに目配せをし、ケイが答えた。
「いえ、こちらでは特に何も」
『そうですか。でしたら考えすぎかもしれませんね』
「変わった事といえば、昨日ニフス様が来た事くらいかと。突然でしたからね。皆さん驚いていましたよ」
『そういえば、そうでしたね。いつの間にか帰られたようですが』
「結局アイツは何をしに来たんだ?」
『さぁ? 管理者の考えてる事は分かりせんから。ですが、こちらの取り越し苦労でしょう。お昼時にすみませんでした』
「気にすんな。今回は世話になったからな。今度礼でもさせてくれ」
『ありがとうございます。その時は遠慮なく言いますね。では失礼します』
と、最後にエニは何か含んだ笑みを浮かべて通信を切る。
「昨日パーティーの時、何か変わった事あったか?」
レウルが改めてケイに聞く。
「いえ、少なくとも私は特に何も気付きませんでしたが」
「じゃあ、やっぱただの考えすぎかもな。さて、そろそろ昼にしようぜ」
「今日は天気も良いですし、中庭にでも行きましょうか。サンドイッチを作りました」
ケイが亜空間から、サインドイッチの入った入れ物を取り出す。
「お、たまにはいいな。じゃあ行くか」
そして二人は中庭へと歩き出した。
******
中庭ではベンチに座ったアレンが、難しい顔をしてストフォンを見つめていた。
何度も唸りながら、何か操作をしてはすぐ取り止める。
「うぅ……断れるのが怖い。でもこのままなのも……」
ブツブツとアレンが呟き、目を瞑りながら天を仰ぐ。
「お前、何してんだ?」
声を掛けられたアレンが目を開けると、そこにはレウルとケイの姿がった。
「あ、支部長にケイさん。こんな所でどうしたんですか?」
「天気が良いから、たまにはここで昼飯でも食おうと思ってな」
「……お二人は仲が良くていいですね」
「どうしたんだお前?」
「顔色がすぐれませんが、大丈夫ですか?」
レウルとケイがアレンの近くに座る。
そしてレウルは、パーティで会ったアレンの事をケイに説明した。
「その、どうしようかと思ってて」
「何をだ?」
「……できたんですよ」
「彼女がか?」
アレンが首を横に振る。
「何ができたのですか?」
ケイがサンドイッチをレウルに渡しながら聞いた。
「交換が……」
「交換?」
「クーラさんとの連絡の交換が……できてしまったんです」
「おぉ、良くやったじゃないか! これは脈ありなんじゃないのか?」
レウルがアレンを肘でつつく。
「やっぱりそうなんですかね? これって期待していいんですよね!? でも、連絡する勇気が湧かなくて」
喜んでいたアレンだが、すぐに肩を落とした。
「なんだよ、根性の無い奴だなぁ。当たって砕けろよ!」
「いやいや砕けたくないですよ! 断られたらショックがデカイ……。連絡したいけど、向こうから来ないかなぁって思ってる所です」
「ヘタレめ」
レウルはアレンの言葉を呆れながら聞き、テキパキと昼食を済ませる。
ケイに礼を言ったレウルはアレン方へ向き直った。
その表情は少し前とは違い、どこか真面目な表情をしている。
「アレン、お前相手のこと考えた事あるか?」
「あの、どういう事ですか?」
「相手もお前を誘って断られたら傷付くって事だ。それでいいのかよ?」
「それは……その、言いたい事は分かりますけど」
「今、お前がしている事は『自分ができるだけ傷つかない方法』だ」
「……そうかもしれないけど」
「相手もって思うかもしれないが、お前自身がどう思うか、だ」
「……支部長は三人も恋人がいるから、そんなこと言えるんですよ」
レウルが軽い溜め息を吐く。
「ケイ、エニ。二人から告白を受けた時、そこには勇気と覚悟があった。拒絶されると思いながらもな。だから俺も真剣に答えた」
ケイは何も言わないが、微笑みながらレウルを優しい目で見つめていた。
「それに、10回以上だ」
「?」
「リトと恋人になるのに、俺は10回以上は断られている」
「えぇ!? そんなにですか!」
アレンが声を上げた。
「違うよ。細かいの合わせれば、20回は超えてるよ?」
レウルの身体からにゅっと首だけを出したリトが答える。
「うあぁ! リ、リトさん!?」
アレンの反応に満足したのか、リトの全身が現れる。
「あれ? そうだっけ?」
「うん。すっっっっごく、しつこかったもの」
「まぁ、あの時は俺も本気だったからな」
「どうしてそんな事に? 支部長ってアレですよね。元の世界じゃ、英雄とか勇者って呼ばれてたって」
アレンの問いにレウルは軽く息を吐く。
「俺とリトが居た世界では、魔族と人間が100年近い争いを続けていた。魔族のトップ、魔王を倒すパーティーに俺もリトも居たんだよ」
「良くあるファンタジー世界ですね」
「そうだ。本当に……良くある世界だったな」
レウルが遠い目をした。
「昔の俺は今以上に軽くてな。毎日命がけで戦うんだ。綺麗な寝床、美味い飯、良い女を抱く。いつ死んでも悔いの無いようにしてた」
「そうだったんですか……」
「そんな時、同じパーティーのリトと会った時、こいつは絶対良い女だと思って告白したら……」
「チャラいのと女遊びが派手なのが嫌。また来世来て」
リトがその時を再現するように言う。
「とまぁ、言われて振られた。んで諦め切れなかった俺は、何度も告白しては振られ続けたってわけだ」
「なぜ諦めなかったんですか?」
「ある時、リトに言われたんだよ。『今、最高に幸せ?』って。綺麗な寝床、美味い飯、良い女を抱く。幸せに決まってる。だが、なぜか俺は即答できなかった」
「そして私は言ったの『一度きりの人生を、私は最高に幸せになりたいの』って」
リトがアレンに向かって微笑む。
「俺とリトは戦争孤児だ。リトは治癒魔法や死者の声を聞く力があって、教会に引き取られた。特に死者の声を聞き、周囲に伝える事で聖女とまで呼ばれたよ」
「そうだね……」
レウルがリトを見る。
リトは寂しそうな表情をしていたが、暫くして微笑むとレウルの中へと消えた。
「そして俺は……スラム街で喧嘩、万引き、ひったくり。そんな日々を過ごしていた」
「支部長がそんな事を?」
「生きるためには殺し以外、何でもした。ある時、師匠に当たる人が、俺の召喚士としての力に目を止めてくれてな。ま、そっから這い上がったってわけ」
レウルはそこで一旦言葉を切った。
「這い上がったのに、なぜかたった一言『幸せだ』と、言えなかった。きっと俺が求めていたのは、もっと違う何かだったんだろうな」
「……」
「で、気付いたわけだ。リトと一緒になれた時、俺は『幸せだ』と、迷い無く言えるんじゃないかってな。だから、遊びで女を抱く事は辞めた」
レウルがアレンに向かって笑顔を見せる。
「俺にはリトだけで良いって思えたからな……アレン」
「は、はい」
「前に立て」
「え?」
「何時でも何かを手に入れる事ができる奴は、傷付いても前へ進んで立っている奴だ。いきなり変われとは言わねぇが。頑張れよ」
そしてレウルはアレンの胸をポンっと軽く叩いた。
アレンは自分のストフォンを見つめる。
その時、付けているキューピッドのストラップが揺れた。
見た覚えがある物に、レウルが気付く。
「ん? それ転移物のやつか?」
「あ、はい。恋愛の縁起物だって。頑張って競り落としたんですが」
「へぇ、いくら?」
「……じ、10万」
「お前、もっと違う所に金使った方が良かったんじゃないか?」
「藁をもすがる思いだったんですよ!」
「ま、願掛けも気分的に楽なるか。しかし、変なキャラだよなコイツ」
「そうですか? 見慣れると可愛いですよ」
と、アレンがキューピッドを見つめながらつつく。
「あー、せめて俺の事をどう思ってるか分かればなぁ。クーラさんの気持ちを知りたい。コイツがなんか上手く助けてくれないかなぁ、なんて」
そう、冗談めかして言った時だった。
「キュピー!!」
音のような奇声が周囲に響いた。
キューピッドの目が赤く光り、突然動くとストラップ部分を破壊し、宙に浮く。
『……』
その場に居たレウルたち全員が何が起きたのか理解できず、宙にふわふわ浮いているキューピッドを凝視していた。
そして……、
「キュピピピィィ!!」
再びキューピッドが奇声を発すると、ハート型の矢の先端から周囲に赤く短い光線を放ち始めた。




