4 アレンとセルメと……
ニフスと別れ、アレンが再び屋上テラスへと向けて歩いていた時、
「ちょっと話でもどうですか?」
前方に一組の男女が居た。
髪は黒色のウェーブのかかったミディアム。
20代後半に見える女性が腕を組みながら壁にもたれ、黒髪短髪の男性が女性に声を掛けている。
「こんなとこにもカップルかよ……」
極力見ないようにアレンが傍を通り過ぎようとしたが、
「……申し訳ないけど、興味がありません。どいてくれませんか?」
「そんなこと言わず、少しだけでもいいからさ。前から話をしてみたかったんだ」
「しつこい人は嫌いですので。お断りします」
近くにいたアレンに会話が聞こる。
女性が男性から離れようとした。
「ちょっと待てよっ」
男性が離れようとした女性の手を強引に掴む。
女性は明らかに不快な表情を浮かべていた。
「断ると言ったのが、聞こえませんでしたが?」
「何お高くとまってんだよ。ここに居るって事は彼氏でも探してるんだろ?」
「……」
そして通り過ぎようとしたアレンが、小さく溜め息を吐いた。
「なぁ、その人嫌がってるから、止めたら? 同じ職場同士だし、変な噂はすぐ広まると思うよ」
アレンが強引に女性へ迫っている男性に注意する。
男性は露骨に嫌な表情をし、女性は目を丸くしていた。
「なんだよお前?」
「一応同僚? 同じ参加者なんでしょ?」
「どこ所属だ?」
「……第4支援部隊だよ」
「はっ! 後ろに引き籠ってるとこじゃねぇか! こっちは戦闘部隊で前衛張ってんだ。後ろで隠れてるだけの奴がしゃしゃり出てくんじゃねぇよ!」
「確かに俺らは後方支援だけど、傷付いた人を治療してるのは俺らだよ? あんたは一度もどっかの世話になった事ないの?」
男性はアレンを睨みつけるが、アレンは感情的にはならず冷静だった。
そんな二人のやりとりを、黒髪の女性は何も言わず見つめている。
「……戦う事もできねぇ奴が生意気言ってんじゃねぇ!」
「うっ……」
アレンの指摘に激昂した男性が、左頬を殴りつけた。
アレンが小さな声を上げる。
「なんだ? やり返してもこないのか? これだから後ろでビビって引き篭もってる奴はダメなんだ」
「……」
「貴方……本当にバカなのね」
今まで黙っていた女性が口を開く。
その声色は呆れていた。
「あんたまで俺をバカに……!」
と、男性が答えようとした時、突然白い光の輪が複数現れ、男性を拘束した。
「お客様ぁ。暴言、暴力行為は困りますねぇ」
「まったく、こんなのが第1支部にいるとはな……」
アレンたちが声のした方を見る。
そこには歩いて来る、白い光の球の精霊ルーメを従えたレウルとジンの姿があった。
「レ、レウル支部長にジン副支部長!?」
男性が驚愕の表情を浮かべた。
二人を見て小刻みに震えている男性に、レウルとジンが近寄る。
「さて、ジン。このバカはどうする? 叩き出すか?」
「いや、説教部屋行きだ。性根を叩き直してやる」
「正直、使う機会ないと思ってたんだけどなアソコ。ルーメ、こいつを運べ。ジンは先に行っててくれ。俺は二人に話がある」
「おーっほっほっほ。どんな、ごうも……説教が始まるか楽しみですわね!」
ルーメが楽しそうに言うと同時に光の輪の拘束力が強まり、男性の身体が宙に浮く。
そのままルーメはジンと一緒にその場を去って行った。
「お前、大丈夫か?」
レウルが殴られたアレンを見る。
「あ、大丈夫です。大した事ないんで」
「そうか……なぜやり返さなかった?」
「ルールに暴力や暴言は即退場か説教部屋行きってありましたから。それに」
と、アレンが廊下の天井付近を見る。
そこには死角が無いように防犯カメラが設置されてあった。
「すぐに誰か気付いて来てくれると思ったので」
「だが、先に手を出したの向こうだ。やり返したって問題ないだろ?」
「それは……」
そこでアレンは言葉を止めて、黒髪の女性を見た。
「変にやり返して、矛先が女性へいったら可哀想だなって。ああいう奴って感情的に何するか分からないので」
「貴方……」
黒髪の女性がアレンの言葉に感心した様に呟いた。
「二人とも、所属と名前を」
アレンが問うと、二人は背筋を伸ばし、敬礼をして答えた。
「第4支援部隊、アレン・オスカーです」
「第7戦闘部隊、隊長、セルメ・クーラです」
「え? せ、戦闘部隊隊長!?」
セルメの言葉に、アレンが目を丸くして驚いていた。
「なんだ? お前知らずに助けていたのか?」
「あ、は、はい……」
「ハッキリ言うと、俺が止めに入ってなかったら、アイツは今頃病院送りだな」
「レウル支部長は私の事をご存知なのですか?」
「美人、カワイ子ちゃんの事は覚えてるぜ?」
笑顔で言うレウルに二人は微妙な顔つきになる。
「冗談だよ。さすがに全員って訳にはいかないが、部隊長くらいはな。それにセルメは転移者だ。それで記憶に残っていた」
「そうでしたか」
「ま、災難だったな。今頃ジンからまさに鬼のような説教を受けてるだろうよ」
楽しそうにレウルが小さく笑った。
そして、アレンに視線を移す。
「アレン、ちょっとこっち来い」
「え? はい」
レウルはアレンと肩を組むと、小声で話した。
「いいか、セルメは良い女だ」
「……は?」
アレンが間抜けな声を上げたが、レウルは続ける。
「ちょっと堅物だが、真面目で隊員から信頼も厚い」
「はい」
「それに、ああいう性格の女性は、心を開くと甘々になると見た。ギャップを……見てみたくないか?」
「み、見たいです」
「頑張ったから、少しだけ手を貸してやる。上手くやれよ」
そこまで言うと、レウルはアレンと離れ、セルメを方に向いた。
「セルメ、これを」
と、レウルがポケットから小さな救急セットを出してセルメに渡した。
「アレンの治療を頼む。俺がしても良いんだが、ジンと説教しに行った方が面白そうだからな」
そしれレウルはアレンに意味ありげな笑みを浮かべ、その場を後にした。
アレンとセルメだけが残され、暫くしてセルメは近くの長椅子へ座るようにアレンに言う。
「私の為にごめんなさいね」
「い、いえ、自分が勝手にした事ですから」
アレンの口からは少しだけ血が出ており、セルメは綺麗にする。
殴られて腫れている場所に。冷却効果のある小さな湿布を張った。
「どう?」
「だ、だいぶ良くなりました。ありがとうございます」
「そう、それは良かった」
セルメがアレンを見て微笑む。
「ところでオスカー君。君は支援部隊では治療を担当しているの?」
「え? あ、はい。そうです」
「だとしたら、自分で治療する方が早くて確実だったかもしれないわね」
「あ……それはそのぉ」
治療してほしくて黙っていた。とは言えず、アレンは口どもる。
そんなアレンを見て、セルメは小さく笑った。
「ごめんね。冗談よ。私のせいだもの、治療くらいはさせて」
「い、いえ。本当にありがとうございます」
「正直、ずっとあの男性に言い寄られててね。うんざりしていたの」
「そうだったんですか……。あのセルメさんはやはりその、出会いを求めて応募を?」
セルメは首を横に振る。
「本当は応募する気はなかったんだけど、部下の隊員たちから、強く言われてね。偶然当たってしまったの。気晴らしにと思って来たんだけどね」
アレンが改めてセルメを見る。
綺麗な長い黒髪に、鍛えている筋肉質の引き締まった身体。
切れ長の瞳は澄んだ水色をしていた。
「とても美人なので、正直お相手がいない事に驚きました」
「ありがとう。でもなぜかそういうのと縁がなくて。代わりに変な男性に絡まれたってわけね」
セルメが苦笑する。
「それは災難でしたね」
「君の方はどう?」
「え? あー……正直あんまりです。どうも昔から上手くいかなくて」
「そうなの? 私を毅然と守ってくれた時は、格好良いって思ったけど」
「た、たまたまです。普段はホント冴えないんで。精々美味しい水が出せるくらいです」
「水?」
「あ、自分水の精霊と人間のハーフなんです。母親の精霊の方を強く受け継いだみたいですけど」
それを聞いた、セルメは少し驚いた表情をした。
「へぇ……そうなんだ」
「あの、クーラさんはレウル支部長が転移者だと言っていましたが、どういった方なんですか? あ、嫌ならいいので」
「いいよ。私は『クラーケン』。元の世界では海の悪魔とか言われてね。なにもしてないのに、いつの間にか嫌われちゃってね。嫌になったらここに」
「クラーケン……」
レウルはセルメを見る。
そこにはクラーケンらしい要素は何一つ無かった。
やがてそれに気付いたのか、セルメが小さく笑う。
「少しだけ見せてあげようかな」
と、セルメの長い黒髪の一部が生きている様に動くと、白いイカのような触手になり、アレンに巻き付いた。
「こ、これは……」
「もっと大きく、何本も出せたりするのよ。人によっては気味が悪いかも」
「そんな事はないです! 黒い髪も白い触手も綺麗です!」
アレンの言葉にセルメは微笑むと、立ち上がって触手を元の黒髪に戻した。
「ありがとう。さっきは嫌な気分になったけど、お陰で良くなったわ」
「い、いえ。大して気の利いた事を言えなくてすみません」
「気にしないで。話せて楽しかったから。それじゃ、アレン君は彼女探し頑張ってね」
そしてセルメが去ろうとするが、
「あ、あの待って下さい!」
咄嗟にアレンが声を掛ける。
「?」
「あ、えーと、そのですね……もし嫌でなければですね。お、お話でもしませんか?」
「……」
「あー、んー……そ、そう! さっきみたいな人が来るかもしれないし、その男性避け? みたいな感じでも良いので。ど、どうでしょう?」
しどろもどろなアレンを暫くセルメは見つめる。
少ししてから微笑んで答えた。
「一人でつまらないと思ってたし、お言葉に甘えようかしら」
「ほ、ホントですか!? ありがとうございます!!」
アレンが思いっきり頭を下げる。
「それで、君はどこへ行こうとしていたの?」
「屋上テラスでのんびりしようかと思っていました」
「じゃあ、一緒にそこでのんびりしながら、お話でもしましょうか」
「は、はい! お供させていただきます!」
アレンはなぜかセルメに向かって敬礼すると、先を歩くセルメに着いて行く。
そしてセルメの後ろで力強くガッツポーズをし、
『キュピピ……』
そんな奇妙な音がすぐ近くで鳴っていた事に、全く気付いていなかった。




