3 恋の予兆
パーティ参加の抽選が無事終わった数日後。
当選者たちは一流ホテルの一角に集まっていた。
屋上近い会場と屋上テラスを貸し切っている。
煌びやかな装飾に耳障りの良い音楽。
豪華な軽食に、アルコールは禁止でソフトドリンクが出されている。
当選者はフォーマルからカジュアルまで、それぞれが勝負服を着ており、当初は緊張な面持ちで始まったが、数時間で和やかな雰囲気になった。
「問題無く進んでるな。正直、睨まれるかと思ったが」
別室のモニターで会場全体を見渡しているレウルが呟いた。
傍には同じようにモニターで問題が無いか監視しているエニが居る。
「今は貴方よりも、自分の事で精一杯ですからね。他人を妬んでも恋人はできないので」
エニがモニターに映っている、楽しそうな参加者を見ながら言った。
そしてそのモニターには会場で手伝いをしているケイと、結局呼ばれる事になったジンの姿がある。
ジンは警備を担当し、他に警備をしている黒服たちに指示を飛ばしていた。
「ジンも良く来てくれたな。てっきり断るかと思ったが」
「心配だったんでしょうね」
「まぁ、あんだけみんなが息巻いてりゃ、心配にもなるか」
「そうではありませんよ」
「?」
エニの言葉にレウルが首を捻るが、それ以上エニは小さく笑って答えなかった。
その時、ドアから黒服の男性スタッフが入って来る。
「エニさん、レウルさん。お客様がいらっしゃってます」
「誰ですか?」
思い当たる節が無いエニがスタッフに聞き返した時、
「へい、大将! やってるかい?」
陽気な声と共にドアから入って来たのはニフスだった。
「ニフス!?」
「え? ニフス様!?」
レウルとエニが目を丸くして驚く。
エニが席から立ち上がると、慌てて近づいて頭を下げた。
「本日はどうかされましたか? 何か問題が?」
「あ、違う違う。何か面白そうな事をしてるから、私も混ざっていいかなって」
「あんたって、こういうの興味あったのか?」
「私は楽しい事が基本大好きよ? 面白くする事も、ね」
ニフスがどこか含みのある笑みを浮かべる。
「しかし、良くここがお分かりになられましたね? 第1支部以外に宣伝などはしていないのですが」
「そりゃね。私は知っているから」
と、ニフスは胸を張って自慢げだった。
「そういう事で、適当に遊んで良い?」
「もちろんです。すぐに来られた事をアナウンス致しますので」
「あ、私が追加した分の費用は、レウルにツケといてね」
「何で俺なんだよっ!」
抗議するレウルを余所に、ニフスは二人に手を振ると部屋を出ていく。
「ったく、一体何しに来たんだ?」
「遊びにでしょうか?」
「だったら良いんだがな。さて、じゃあ俺も見回りに行ってくる。ジンばかりにさせると、後で小言を言われそうだ」
「はい。私もニフス様の事を放送で伝え終えたら、皆さんに軽く感想を聞きに行こうかと思っています」
「んじゃ、また後で」
そしてレウルも部屋を出て行き、見回りへと向かった。
******
会場内にエニからニフスが参加した事が伝えられると、場内は騒めき出す。
「え? ニフス様も恋人募集してるのか?」
「まさか。いつもの遊びだろ? 面白そうな所にはすぐに来るからな」
「それもそっか。大体いつの間にか居るよな」
「そうそう、考えるだけ無駄ってやつ」
しかし普段の行いからか、すぐに治まった。
その様子をアレンが少し離れた場所で見ている。
「ニフス様が来てるのか。何だか緊張するなぁ。ってそうじゃない、このチャンスを何とか物にしないと」
運よく当選したアレンは気合を入れて会場に来ていた。
そして、いつもの如く運の悪さが炸裂する。
困っている女性を助け、話でもと誘えばすでに他の男性と良い仲に。
声を掛けられたと喜べば、知り合いを見なかったかと尋ねられ。
さらに極めつけが……、
「アレン君、いたいた。お願い、アレ頂戴」
「あ、私も欲しい」
「俺も頼むよ」
言われながら、男女数人に囲まれる。
全員が空のコップをアレンに差し出していた。
アレンは手から水を出して注ぐ。
「ありがとう。ほんとアレン君の水は美味しくて好きよ。またお願いね」
と、口々に礼を言って笑顔で去って行った。
「……俺、ウォーターサーバーかな? うぅ、こんな事をしに来たわけじゃないってのに」
一人残されたアレンが呟く。
「美味しいって言われるのは嬉しいけど。どうせなら水と一緒に俺も好きになってくれよ!」
小さく叫んだ後、溜め息を吐いてアレンは一人別の場所へと歩き出した。
ホテルの屋上テラスへ続く廊下で立ち止まると、ストフォンを取り出す。
そこには10万オルで競り落とした、恋のキューピッドがストラップに付けられてあった。
「折角、貯金使って買ったのになぁ……って、別にこいつは悪くないか」
キューピッドがゆらゆらと揺れる。
その赤い瞳はアレンを見つめているようだった。
「面白い物もってんね?」
「?」
不意にアレンは背後から声をかけられる。
振り向くと、そこにはニフスの姿があった。
「ニ、ニフス様!?」
「へいへいへい、恋してるかい?」
笑顔でニフスがアレンに軽く声を掛ける。
「え? いやぁ、上手くいかないものでして」
「そうなの? 折角恋のキューピッドがいるのに」
アレンのストフォンにあるキューピッドを、ニフスが指でツンツンと突いた。
「良く知ってますね?」
「転移物だからね。そういうのはチェックしてる。オークションで手に入れたの?」
「聞いて下さいよ! 最後までしつこい人がいて、最初は3万くらいだったのに、最後は10万になったんですよ!」
「あはは、相手もよっぽど欲しかったのかもね」
「お陰で暫くは袋ラーメンに、もやし入れて凌いでます」
「支部の給料って、そんなに薄給だっけ?」
「家に仕送りとかしてますからね。こんな事なら普段から考えて貯めとけばよかったです」
「そういうのも経験って奴よ。大丈夫、きっと面白くなるわよ。なんたって、恋のキューピッドが居るんだからね」
と、ニフスは再びキューピッドを指で突き、
「本当に困った時は、この子にお願いしてみたら良いかもね」
アレンに笑顔で手を振って去って行く。
その後ろ姿を不思議そうにアレンは見つめていた。
「面白くかぁ。まぁ、せめて相手ができなくても、楽しめばいいか。なぁ、キューピッド」
アレンもニフスと同じようにキューピッドを指で突くと、ストフォンをポケットへ仕舞う。
『キュピ……』
その時、微かにだが声のような音のような……妙な音がアレンには聞こえた。
「?」
アレンが周囲を見渡すが、アレン以外は誰もいない。
「……気のせいか。とうとう寂しくて幻聴まで聞こえたってか」
自嘲気味に言うと、アレンは一人廊下を歩き出した。




