キューピッド プロローグ
リセイユ国の首都ルミサスにある転移物対策組織第1支部。
とある日の昼過ぎ。食堂では多くの職員が昼休憩を取っていた。
その一角で男性二人が昼食を終えた後、コップに入った水を飲みながら話をしている。
「……支部長、酷くね?」
二十代前半に見える男性が机に突っ伏しながら、一緒に昼食を取っていた金髪の男性の同僚に言った。
「アレン、急にどうした?」
アレンと呼ばれた男性『アレン・オスカー』は顔を上げ、金髪の同僚を見る。
アレンの髪は黒と水色の短髪メッシュで、その独特な髪の色は目を引いた。
「いやさぁ……リトさんにケイさんって恋人いるのに、あのエニさんも恋人になったんだぜ? 超絶逆玉じゃん。羨ましい」
「まぁ、エニさんは有名だしな。でも、モニアクロノから正式に発表があっただろ? 昔支部長には助けてもらった恩があるって」
「それはそうなんだけどさぁ……」
「それに、ああ見えて支部長は公私をきちんと分けている。何が不満なんだ?」
同僚の問いにアレンは暫く無言だったが、やがて小さく呟いた。
「モテたい」
「は?」
「モテたい。支部長みたいに、美人とキャッキャウフフしたい」
「……お前、たまにそうなるよな」
「夏、バレンタインデー、クリスマス、正月、お祭り……一人は寂しいんだよぉ」
「友達と行けばいいじゃないか」
「これだから恋人持ちはっ! 俺は、彼女とイチャイチャしたいの!」
同僚がコップにあった水を飲み終えると、溜め息を吐いた。
「あ、アレン。水くれ」
同僚が空になったコップをアレンに渡す。
「うい」
と、アレンが手を差し出すと、その少し先から透明な水が現れ、コップに並々と注がれた。
それを受け取った同僚が一口飲む。
「流石水の精霊の天然水は美味い」
アレンは水の精霊の母親と人間の父親のハーフ。
特に母親の方の特性を強く引き継いでおり、髪の色は生まれつきだった。
水を作成、操作し、水自体にも浄化や治癒力がある。
超が付くほどの、安心安全の水だった。
その能力から、支援する部隊に属している。
「へいへい、ありがとよ。この水で惚れてくれる人いねぇかな」
「確かおまえんちの両親って、水質管理をしてるんだっけ?」
「ああ。父さんが浄水場で働いてて、母さんは水質調査員。まぁ、それは俺もなんだけど」
水の精霊の力は多岐に渡り、濁った水の浄化や災害が起きた場合、給水車が入れなくても、一人いれば暫くは水の確保ができる。
「って、そんな事はどうでも良い! 支部長の事だよ。セコイ!」
「セコイなぁ。異世界は知らんが、俺らの世界は別に幸せにしてれば、重婚も複数人と付き合うのも問題ないからな」
「それでもだよっ」
「それでもか」
「リトさんは物静かでミステリアス、ケイさんは男女になれて家事はプロ級、しかも一緒に住んでいる! エニさんはあのナイスバディ! ハーレムかよ!」
と、アレンは少し声を大き目に上げた時、
「そうそう、支部長ばっかズルいよな」
「私もケイさんと一緒に住んでみたい」
いつの間にか周辺に職員が集まり、アレンに同調していた。
「でも、レウル支部長って、ケイさんのどっちが好きなんだろう?」
「そりゃ女性の方じゃないか?」
「いやいや、案外男同士でも……ねぇ?」
「えー、そんなまさか。でもケイさん美形だし、もしかすると?」
「……レウル×ケイ? 実はケイ×レウルかも?」
職員たちが勝手な事を言って盛り上がる。
その様子をアレンの同僚。金髪の男性は溜め息を吐いて見つめていた。
「細かい事はともかく、俺は出会いが欲しい!」
アレンが言うと、周りもそうだそうだと頷きながら言う。
「それで結局どうするんだ?」
同僚が呆れた表情をしていた。
「直談判する」
「え?」
「ほら、ここには匿名で意見を送れるからな。紙とメールで支部長に抗議すれば、きっと何かしてくれる! ……ハズ」
アレンが最後だけ気弱になる。
「そうだそうだ。いざとなったら仕事をボイコットしてやろうぜ!」
「そうね、ただでさえ転移物やグラークが来たら休み返上だもの!」
「私なんてデートを何度もそれで潰されて、振られたわ!」
「……レウル×ケイ×リト。いえ、もしかしてエニさんも参加して……」
一人、違う妄想を膨らませながらも、レウルへ対するボルテージが上がっていく。
やがてそれは食堂中に広がり、多くの者が賛同する事になった。
「正直、お前がモテるかどうかは別問題じゃないか?」
同僚が冷静にアレンに指摘する。
「そこは問題ない。俺は神頼みも忘れない! それに、縁起の良い物があれば買う!」
と、ストフォンを同僚に見せた。
「ああ、確かにそこなら良いのあるかもな。効果は無いだろうが」
「よし! じゃあ、さっそくみんなで支部長宛てに意見書いてくるわ」
そしてアレンは多くの同僚を引きつれて、意見箱がある場所へと歩いていく。
一部の者はストフォンで、支部のホームページから意見を送っていた。
「あれ……何?」
アレンと昼食を取っていた同僚の元に、黒髪短髪の女性が声を掛けて来る。
「あー……アレンのいつものだが、今回は他の奴も同調しちゃってな。何か大げさになった」
「アレン君、何でか女性関係は不憫よね」
黒髪の女性は同僚の恋人で、アレンの事も良く知っていた。
「なんつうか、運が悪いって言うかな……」
アレンの恋愛歴は「不幸」の一言に尽きた。
ラブレターを貰えば、友達宛て。
ロッカーにラブレターがあれば、間違い。
好きな人に告白しようとすれば、逆に恋愛相談され、付き合うまで協力する。
いざ恋人ができたと思ったら、隠れ既婚者で面倒事に巻き込まれる。
「まぁ、俺としてはそろそろ良い恋愛でもして、大人しくなって欲しいんだがな」
「こればっかりは縁だからね。私たちみたいに」
「そうだな。ここは支部長に頑張ってもらうか」
周囲がレウルに対して盛り上がっている中、二人はしみじみと言うのだった。




