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虚構のシスイ ~異世界に不法投棄されたおじさんは、世界の最果てに名を刻む~  作者: yagi
第二章 愛情星骸ガナグリ 第一幕 コタンカ
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15 可愛い娘には旅を

 二日が経った。

 そろそろこの集落を出発する頃だろう。

 向かう先は鍛冶の街ガナグリ。リヒトさんの目的地も同じらしく、彼の馬車に乗せてもらうことになった。


 ボクとフェリーはシルワアの家に置いていた荷物を馬車に乗せる。

 シルワアの荷物はない。彼女は別にボク等の旅に同行する理由がない。

 彼女のガイドという役目は、ダアクックに着いた時点で終わっている。

 ついて来てほしいというのは、ボクの我儘だ。


「ムウー」


「アレ、そいつついてくる気か?」


 フェリーはボクの右上に飛んでいる物体に目をやる。

 遺跡で出会った妖精だ。


「ここしばらくストーキングされててね。まあ、害もないし、良いかなと」


「ふーん。名前は?」


「ボクはムウって呼んでる。なあ、そうだろ?」


「ムウ!」


 返事をするように宙返りをしてみせるムウ。

 硬い体が擦れて、金属みたいな音がした。


「にしてもシルワア、来ねえのかなあ」


「来るなら、嬉しいけれどね」


「今どこに?」


「まだ家にいたと思うよ」


 シルワアの家の方を見た。

 かすかに声が聞こえる。

 彼女の声だ。少し荒げているように聞こえなくもない。

 言い争いでもしているのだろうか。普段あまり喋らない彼女にしては珍しい。


「そう珍しいことじゃない、気にするな」


 不意に声がして肩が跳ねる。

 振り返ると幼い姿をした同年代、フルヴルがいた。

 ここ数日で彼とは飲み友達となった。


「意外だな。いや、そうでもないか。割とあの子、ふっとギアが上がるから」


「どうせ、ついて行く行かないで揉めてるんだろう。アンタ等、随分と気に入られたな、彼女に。どうやって落とした?」


 見た目こそ子供だが、その顔は遊び慣れた大人の表情をしている。


「彼女はただ面倒見が良いだけさ。それより幼女趣味があるのか、フルヴル」


「まさか。まるで女遊びを嗜む紳士みたいに見るなよ。俺はまだ、ガラス玉を大事そうに仕舞うくらいには幼いよ。こう見えても女性は大切にする質だ。それに俺はもう少し成熟している方が良い。肉体面にも、精神にもな。年上の女は良いぞ。お前も女を娶るならそっちにした方が良い」


 ほう、と関心があるのかないのか、どちらとも取れない返事をする。

 フルヴルもシルワアの家を見る。


「あの年頃になると親っていうのは鬱陶しくなると言う。俺にはそんな時期なかったがね。もっとも、アウランは親馬鹿の部類だからあまり比較にはできんか」


「親馬鹿ね。でも分かるよ。シルワアは可愛らしいから」


「それだけではないだろうね。種族的な問題もさ」


「というと?」


「エルフは長寿だ。人間と比較してな。だから感覚にズレがある。シルワアも成長は、現段階では人間と一緒だが、ずっとではない。いつか止まる時期が来る。だからか、彼女の思考はエルフに寄っている。アレはそれが寂しいのさ」



 ◇ ◇ ◇



「本当に行ってしまうのかい?」


「何度もそう言ったわ。シスイ達に同行する」


「どうして? また遊びに来てもらえば良いじゃない。長い旅になるんでしょう?」


 荷物を整理している横でウロウロとする父親。

 普段から鬱陶しく感じてはいたけれど、今日は一段とそう思える。

 昔はこんなに女々しくはなかった。いや、確かに心配性ではあったけれど、でも、こんな縋るような気持ち悪さはなかった。


「だからです。シスイ達は頼りない部分が多い。誰かが保護者として必要よ。それに、人間基準で言えばもう一人立ちする時期だと思います。外に視野を広げる時期です」


「いいえ、傍から見れば大人びて見えるかもしれないけれど、あなたはまだまだ子供よ。危険が過ぎるわ」


 カチンと来た。


「どの口が言うんですか? 私から見れば未熟に見えるのはお父さんの方よ。自分が子離れの準備ができてないからって、縛らないで」


 父親は酷くショックを受けた表情になる。

 何かを言おうと口を開くが、飲み込むように閉ざす。

 それを見て、口を手で抑える。やってしまった、と後悔した。

 こう、すぐカッとなってしまうのは悪癖だ。別に父親を傷つけたかった訳じゃない。確かに、女みたいになったのは思うところがあるが、呆れるだけで愛想は尽いていない。


「ごめんなさい……」


「ううん、親馬鹿の自覚はあるわ。実際、貴女はしっかりしてるもの。情けない親を反面教師にしていたからかな」


 お父さんは優しく頭を撫でる。

 仕草が女になっても骨格は変わらない。

 無骨で大きな手は猫を撫でるような愛撫ではなく、花を潰さないように加減をする巨人の抱擁のよう。


 私はこの手に育てられたんだ。

 僅かに残った父親としてのアイデンティティ。

 幼い頃、お母さんの喧嘩で股間を潰されてしまって以降、女性らしさを醸し出すようになったけれど、その頃は母ではなく父だった。

 けれどお母さんがいなくなってからは母親の代役をするようになっていった。どうしてお母さんがいなくなったかは、分からない。少なくとも険悪な関係ではなかった。


 子には父ではなく母を。そう一人、ぽつりと呟く父親の姿を、私は知っている。父性を削り、母性に変換する姿は自らのアイデンティティを切り崩しているように思えて、形容しがたい申し訳なさがあった。

 そのことを言うと、決まってこう言うのだ。


「娘ラブな私がシルワアの為に最善を尽くす。これこそが私のアイデンティティだよ。それに子供は誰だって親を食い潰して大きくなるんだ。だから、仮に私が自分を切り崩しているように見えたとしても、気を遣うのはおかしな話なんだよ」


 そう、優しく諭す。

 そのときと同じような顔をお父さんはしていた。


「自虐にそんな悲しい顔をしないで。シルワアが言ったことは事実よ」


「お父さんが言ったこともね。私、子供みたい」


「自覚がある分には、良い。自覚し、輪郭を覗く行為が人を大人にする」


「今のは少し、父親っぽかった」


 でしょ、と言ってお父さんはポケットから小さな包みを取り出すと、渡して来る。

 お守りのようだった。

 中を覗くと、黒曜石でできた矢尻が入っていた。


「おばあ様からよ。悪い縁や業を断ち切る祭具。退魔のお守りらしいわ。この世ならざるものをそれで射れば退散させることができるそうよ」


「村長が、私に?」


「あの人は、シルワアが行ってしまうことを分かってたんでしょうね」


 お父さんはぎゅっと抱きしめる。

 頭を撫でたときと違い、今度は酷く弱弱しく感じた。


「シルワア、貴女が自立することが嫌な訳ではないわ。けれど、この体にはお父さんの人間の血と、お母さんのエルフの血が流れてる。どちらの血も受け継いだ貴女は特別よ。きっと長生きする。感覚もそっちに寄っている。だから、もしかしたら、これが今生の別れになってしまうんじゃないかと思ってしまって、寂しいのよ」


 きっとお母さんのことがトラウマになっているのでしょう。

 私の母は「少しの間旅に出る」と言って家を出て、もう一〇年以上戻ってない。

 エルフの母の「少し」が、人間の父にとって途方もない時間だなんて、当時の父に分かるはずがなかったに違いない。いや、分かっていてなお、人を愛すというのはやめられないものなのだろう。

 母の影を、今、私に見ているのだ。


「すぐに帰って来るわ。だから、安心して。お母さんみたいにはならないわ、誓って」


「そう急かすつもりはないわ。でも、私はそう長くないことだけ覚えていて頂戴」


「病気なの? お父さん」


「ええ、寿命という病よ。私ももうすぐ四〇になるわ。上手く行っても後三〇年、短ければ一〇年くらいでぽっくり逝ってしまうかもしれない。だから、まだ生きている内に帰って来てね。お墓の前なんて嫌よ」


「うん、分かっているわ」


「そして、貴女もちょっと力が強いだけのか弱い娘なんだから、怪我しないようにね」


 ああ、この人はつくづく父親ではなく母親になろうとするのだな、と優しい声からそう思った。


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