16 赤い流星
そろそろ出発という時刻になる。ボクは先に馬車へ乗り、持ち物に不足がないかをチェックしていた。けれど歩いて移動することを想定した装備は、むしろ潤沢と言えるくらいには整っていた。暇を潰す口実に過ぎない。
フェリーは馬車の外でじっと待っていた。まるで妹を心配そうに待つ兄のような顔をしている。
ざざざ。
すだれが上がる音。
シルワアが家から出て来る。
「おまた」
「やったー!」
フェリーは歓喜と言えるくらいに嬉しそうな声を上げて、尻尾を揺らす。
その感情はこちらにも伝播して、ふふふと声が漏れる。無表情なシルワアもこれには少し頬を緩めた。
背中に荷物を携えて、リヒトの馬車に飛び乗った。
「シルワアが来てくれて嬉しいよ。ほんと、マジでさ」フェリーもシルワアを追って飛び乗った。
「大丈夫なのかい? 長い道のりだろうし、お父さんとか」
「父、嫌そうだった。でも、行って良い、言った。それに、世話とお金の勘定、私だから。二人、頼りない」
「それは、なんとも、まあ」
「こ……年下の癖に生意気だ」
フェリーは「子供」という言葉を飲み込んだ。
これまでの痛い経験で、こいつも学んだと見える。
フェンリルはこうして躾けられるのか。
「そろそろ出ますが!」
リヒトが馬車の運転席から振り返る。
「「「準備おっけー」」」「ムー!」
「では出発!」
リヒトは手綱を握り、バチンと馬に出発を伝える。
馬車は動き出した。
◇ ◇ ◇
「行かせて良かったのか?」
家から恐る恐る出て来るアウランに問う。
外敵を恐れながら巣から出て来るリスのような彼。シルワアが行ったことを察して、ようやく安心したのか、いつも通りの顔になる。
「良かった。居たら多分、未練たらしく色々と言ってしまうところだった」
「相変わらずだな」
「お前も親になれば分かるよ。特に娘を持ったらね」
「お前みたいになるんだったら、嫌だな」
「そう思っていられるのは最初だけよ。今の内に楽しんでおきな」
少し口調が砕けている。
今は母親ではなく、父親の気分なのか。
気難しく腕を組む彼は、改めて見るとガタイが良かった。
「しかし、シルワアが向こうで男を作ったらどうする?」
「男⁉」
「うわお、びっくり!」デカい声に耳を塞ぐ。
「シルワアに男なんて駄目だあ!!」
「何だよ、今更。独り立ちを認めたんだろう? だったらそういうのもオッケーなんじゃないのか?」
「一五歳だぞ。何を考えているんだ! 馬鹿なんじゃないか!」
「俺にかっかするなよ。いつかは誰かを拾ってくるだろうが。お前も旅先で嫁さんに会って、貰われた口だろう?」
「貰ってきたら返品してやる」
「でも、孫は見たいんだろ?」
「処女受胎してくれないかな、シルワア」
「……お前、ほんとそういうとこだぞ」
こういうことを言うから、奥さんに玉を潰され、性転換して、娘に煙たがれてしまうんだ。
子を愛さない父親というのが駄目な親の像として浮かぶが、愛し過ぎるという場合でも駄目な父親というのは出来上がるということを、このときに知った。
どんなものに対しても『過ぎる』というのは毒だ。愛情も、量によっては薬にも毒にもなる。そしてこいつのは依存症に罹っているのだろう。
「なあ、フルヴル」
「やけ酒には付き合わんぞ」
「そうじゃない。アレ……」
アウランは空を仰いでいた。
目を細め、何かを注視している。
彼を真似、見上げる。
空には、赤い軌跡が走っていた。
アレは星か。流れ星か。
夜でもない、こんな明るい時間に星なんて見えるものだろうか。
しかし、そんな科学的なことよりも、何よりも、不吉の予兆に思えた。
多分、アレは怨念の類だ。そう直感する。
夜に群がる星々から外れた赤い流星は、激情と哀愁を乗せて飛んでいく。
夜を越え、孤独を選び、体を燃やして、何を得ようとしているのか。
方角をガナグリへと定めて。




