40話 魔人⑨
―――――
――西欧某所。
人の気配が途絶えた山間部。
その奥に、巨大な施設が建っていた。
かつては鉱山の採掘施設として使われていた場所。
今では廃棄され、地図からも存在を消されたはずの建物だった。
しかし。
「……ここだな」
施設から少し離れた岩陰に、一人の少年が立っていた。
桑原巧。
本来ならば、ここに来るはずではなかった。
いや、来てはいけなかった。
ヴィクトリアからは待機命令が出ている。
レグルスとの戦闘は禁止。
陽菜の救出も、ジャティスが動くまで待て。
それが正式な命令だった。
「……分かってるよ」
巧は腰の【ハヤテ】へ手を添える。
「命令違反だってことくらい」
それでも来てしまった。
妹が連れ去られたと知って、何もしないなんてできなかった。
「待ってろ、陽菜」
巧は施設を睨む。
「今、助けるから」
そして――。
少年は闇の中へ身を滑り込ませた。
施設内部。
巧は壁際を走っていた。
「……警備が多いな」
廃墟とは思えない。
最低限の照明。
監視カメラ。
そして、武装した見張り。
どうやらレグルスは、ここを一時的な拠点として利用しているらしい。
「……正面突破は無理か」
巧は天井を見上げる。
配管。
その隙間。
「なら――上から行く」
近くの階段を駆け上がる。
足音を殺しながら二階へ。
角を曲がった瞬間。
『――誰だ!』
「っ!」
見張りと目が合った。
巧は迷わなかった。
「悪い!」
踏み込む。
刀の柄で相手の腕を打ち、武器を落とさせる。
続けざまに足を払う。
『ぐっ!』
男が倒れる。
「一人……」
巧は周囲を確認する。
だが。
『侵入者だ!』
「しまった!」
警報が鳴り響いた。
赤いランプが施設内を照らす。
同時に、複数の足音が近づいてくる。
「……やるしかないか」
巧は【ハヤテ】を抜いた。
「来い!」
次々と襲いかかってくる男たち。
巧は刀を振るう。
斬らない。
峰を使う。
柄で打つ。
足を払う。
敵の武器を弾き飛ばす。
一人。
二人。
三人。
巧は次々と敵を倒していく。
『こいつ……!』
『ただのガキじゃないのか!?』
『何者だっ!?』
「――っ」
『まさか……ジャティスか?』
「だったら何だ!」
再び踏み込む。
「俺は陽菜を助けに来た!」
最後の一人を床へ叩き伏せる。
静寂の中巧は息を整えた。
「……陽菜」
施設の奥を見る。
そして、巧は走り出した。
――さらに奥。
長い廊下を抜けた先。
鉄製の扉があった。
「……」
巧は足を止める。
扉の向こうから――。
「……お兄ちゃん?」
「……!」
聞き間違えるはずがない。
「陽菜!」
巧は扉へ駆け寄る。
施錠されていたドアを勢いよく破った。
「陽菜!」
「お兄ちゃん!」
部屋の奥。
そこには陽菜がいた。
拘束されているわけでもない。
大きな怪我もない。
ただ、不安そうな顔でこちらを見ている。
「……よかった」
巧は胸を撫で下ろす。
「怪我はないか?」
「うん……」
「エヴァは?」
「大丈夫。私を庇ってくれたけど、無事だって」
「そうか……」
巧は安心した。
だが。
「――感動の再会は終わったか?」
「……!」
背後から声がした。
巧が振り返る。
そこには。
一人の大男が立っていた。
「……レグルス」
「よう、小僧」
レグルス・クレイマー。
魔人。
その存在を目にした瞬間。
巧の身体が僅かに強張った。
圧倒的な威圧感。
これまで戦ってきた相手とは明らかに違う。
「お兄ちゃん……」
「陽菜。下がってろ」
「でも――」
「いいから」
巧は一歩前へ出る。
「俺を倒してからだ」
レグルスが笑った。
「……何?」
「妹を連れて帰りたいんだろ?」
拳を握る。
「なら、俺を倒してみろ」
巧は【ハヤテ】を抜いた。
「……上等だ」
レグルスは楽しそうに笑う。
「その歳で一人か。ジャティスってのは随分と人手不足らしいな」
「俺一人で十分だ」
「……言うじゃねぇか気に入ったぜ」
レグルスが一歩踏み出す。
ただ、それだけ。
それだけなのに。
床が軋んだ。
「だったら見せてみろ」
「――!」
次の瞬間。
レグルスの巨体が消えた。
「ッ!」
巧は反射的に刀を振るう。
ガギィンッ!!
拳と刀が激突した。
「ぐっ……!」
凄まじい衝撃。
巧の身体が後ろへ弾き飛ばされる。
だが、倒れない。
足を滑らせながら着地し、すぐさま構え直す。
「……やっぱり、速いな」
「へぇ」
レグルスが目を細めた。
「今のを受けて立ってるか」
「父さんの方が強かった」
「……何?」
「俺の父親は、お前なんかよりずっと強かった」
巧の目が鋭くなる。
「だから――俺も負けるわけにはいかない」
「ククッ……」
レグルスは笑った。
「面白ぇ」
再び踏み込む。
「なら、死ぬ気で来い!」
「――ッ!」
巧も駆け出した。
刀を振るう。
一閃。
二閃。
三閃。
レグルスはそれを紙一重でかわしていく。
「甘ぇ!」
拳が迫る。
巧は身体を捻って避ける。
そのまま懐へ入り込み、刀の柄でレグルスの腕を打ち抜いた。
「そこだ!」
「おっと」
レグルスが腕を引く。
巧は追撃する。
だが――。
ガンッ!
「――ぐっ!」
肩を掴まれた。
「捕まえたぞ」
「しまっ――」
巧の身体が軽々と持ち上げられる。
そのまま投げ飛ばされた。
「うわぁっ!」
床を転がる。
「……っ」
痛みを堪えながら立ち上がる。
息が荒い。
それでも。
刀を落としてはいなかった。
「まだやるか?」
「当然だ」
巧は刀を構え直す。
「……魔甲は使わねぇのか?」
「……!」
レグルスの問いに、巧の動きが止まった。
「ジャティスなんだろ?」
「……」
「なら、あれを使えばいいじゃねぇか」
レグルスは笑う。
「それとも――使えねぇのか?」
「違う」
巧は即答した。
「使える」
「ほう」
「だけど……」
巧は【ハヤテ】を握り締める。
「まだ、俺に魔甲は早いんだよ」
父の言葉が蘇る。
『魔甲を使えるだけでは、ジャティスにはなれない』
「だから、今は自分の力で戦う」
「……なるほどな」
レグルスは笑みを浮かべた。
「随分と真面目な小僧だ」
「俺は――」
巧は一歩踏み出す。
「父さんの名前を借りて戦ってるわけじゃない」
刀を正眼に構える。
「俺自身の力で、陽菜を取り戻す!」
「だったら――」
レグルスが拳を握る。
「その意地ごと叩き潰してやるよ!」
「来い!」
二人が同時に駆け出した。
刀と拳。
鋼と肉体。
魔甲を纏わない少年と、肉弾戦最強の魔人。
その力の差は、あまりにも大きかった。




