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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
12月

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40話 魔人④





―――――





「ひゃあぁぁっ!! 日本人の女の子ですよぉっ!!」


 ジャティス本部の案内を終えた後。


 エヴァンジェ・ソトは、なぜか桑原家へ遊びに来ていた。


 理由は単純。


 本人曰く――


『巧さんの妹さんと、ぜひお会いしてみたいです!』


 とのことだった。


 そして現在、桑原家の玄関先。


 エヴァは、目の前に立つ一人の少女を見つめながら、完全に興奮しきっていた。


「……えっと、どちら様ですか?」


 陽菜は困惑した表情を浮かべる。


「わ、私はエヴァンジェ・ソトです。巧さんの妹さんの陽菜ちゃんですね?」


「は、はい……」


「本当に日本人ですか?」


「……そうですね」


「すごいです! まさかこんなところで日本人の女の子に会えるなんて!」


「いや、俺も日本人なんだけど」


 隣に立っていた巧が、呆れたように口を挟む。


「巧さんは別です!」


「なんで?」


「だって、もうお会いしていますから!」


「……」


 確かに理屈としては間違っていない。


 だが、どうにも納得できない。


「それに――」


 エヴァは再び陽菜を見る。


「女の子です!」


「そこ重要?」


「とても重要です!」


 エヴァは力強く頷いた。


「日本文化を研究する者として、日本の女の子と直接お話しできる機会は大変貴重なのです!」


「……文化研究って、そういうものなの?」


「そういうものです!」


「絶対違うと思う」


「むぅ……」


 巧が呆れたように肩をすくめる。


 そんな二人のやり取りを見て、陽菜は小さく笑った。


「ふふっ」


「陽菜?」


「ううん」


 陽菜は首を横に振る。


「お兄ちゃんが困ってるの、ちょっと面白くて」


「妹が兄を笑うなよ」


「だって珍しいんだもん」


「何が?」


「お兄ちゃんが誰かに振り回されてるところ」


「……」


 巧は何も言い返せなかった。


 確かに。


 普段なら大抵のことを器用にこなす巧だが、目の前の少女だけはどうにも扱いに困っている。


 そんな兄を見て、陽菜は楽しそうに笑った。


「えっと……」


 陽菜は改めてエヴァへ向き直る。


「初めまして」


「はい! 初めまして!」


 エヴァは勢いよく頭を下げた。


「エヴァンジェ・ソトです!」


「私は桑原陽菜です」


「陽菜さん!」


「はい?」


「とても素敵なお名前ですね!」


「ありがとうございます……?」


 少し戸惑いながら、陽菜が答える。


 すると。


 エヴァの目が、さらに輝いた。


「その名前も日本風ですね!」


「え?」


「陽菜という漢字には、どんな意味があるのですか!?」


「えっと……」


 陽菜は困ったように巧を見る。


「……俺に聞くなよ」


「お兄ちゃんにも分からないの?」


「陽菜が元々持っていたハンカチに刺繍されていた名前だからな」


 巧は少しだけ遠い目をする。


「名前の由来までは分からない」


「なるほど……」


 エヴァは顎に手を当てて考え込む。


 そして。


「……むむっ?」


「どうしたんですか?」


「もしや、お二人は血の繋がっていない兄妹なのですか?」


「ああ」


 巧はあっさり答えた。


「俺たちは血の繋がった兄妹じゃない」


「でも」


 陽菜が続ける。


「ずっと一緒に暮らしてるから、あんまり気にしたことないよ」


「……」


 エヴァの瞳が、キラリと光った。


「なんてラノベ的展開っ!!」


「……は?」


 巧が固まる。


 陽菜も固まる。


 エヴァは両手で顔を覆っていた。


「血の繋がらない兄妹……幼い頃から一緒……そして西欧で暮らしている……!」


「エヴァさん?」


「素晴らしいです!」


「何が?」


「設定が!」


「設定って言うな」


 巧のツッコミが飛ぶ。


 しかしエヴァは完全に自分の世界へ入っていた。


「……これは日本文化研究者として、ぜひとも詳細を――」


「エヴァさん」


「はい?」


「変なこと聞くの禁止」


「……はい」


 巧の低い声に、エヴァは素直に引き下がった。


 どうやら兄としての威厳は、まだ健在らしい。


「では、陽菜さん!」


「はい」


「日本の学校について教えてください!」


「学校?」


「はい!」


 エヴァは身を乗り出す。


「制服はありますか!? 給食は!? 部活動は!? 体育祭や文化祭は本当にあるのですか!?」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 陽菜が慌てて手を振る。


「私は日本の学校に通っていませんし、学校そのものに行ったことがないです」


「なんと!?」


 エヴァの顔が驚愕に染まった。


「それでは勉強はどうしているのですか!?」


「それは――」


 陽菜は隣にいる巧を見る。


「お兄ちゃんが教えてくれてます」


「……」


 エヴァは巧を見る。


「……」


 巧もエヴァを見る。


「……何?」


「いえ」


 エヴァはゆっくり頷いた。


「それはそれでアリです!」


「何が!?」


「お兄ちゃん先生……!」


「その呼び方やめてくれ」


 巧は頭を抱えた。


 陽菜はそんな二人を見て、また笑う。


「お兄ちゃん、大変だね」


「他人事みたいに言うなよ……」


「だって面白いから」


「陽菜まで……」


 普段なら、こんな調子で終わる一日だっただろう。


 しかし。


 この日の桑原家には、まだ一つの大きな問題が残っていた。


「それで、エヴァさん」


「はい?」


「どうして俺の妹に会いたかったんですか?」


 巧が尋ねる。


 エヴァは一瞬だけ考える。


「……日本に行ったことがないからです」


「?」


「私は、日本が大好きです」


 エヴァは窓の外へ視線を向ける。


「だから、日本人の方ともっとお話してみたかったのです」


 その表情には、先ほどまでの騒がしさとは違う、純粋な憧れがあった。


「日本のことをもっと知りたい」


 そして、再び陽菜を見る。


「だから、陽菜さんとも仲良くなりたいです!」


「……うん」


 陽菜は嬉しそうに頷いた。


「私もエヴァさんと仲良くなりたい」


「本当ですか!?」


「はい」


「ありがとうございます!」


 エヴァは満面の笑みを浮かべた。


 その日の夕食は、いつもより少しだけ賑やかなものになった。


 巧が料理を作り。


 陽菜が手伝い。


 エヴァが目を輝かせながら日本料理について質問する。


「これは何ですか!?」


「肉じゃが」


「ニクジャガ!」


「そんなに興奮するものか?」


「日本の家庭料理ですよ!?」


「……そうだけど」


「素晴らしいです!」


 そんなやり取りが、夜遅くまで続いた。


 笑い声。


 食器の音。


 くだらない会話。


 それは、どこにでもあるような穏やかな時間だった。


 だからこそ誰も気づかなかった。


 この時間が、永遠に続くわけではないことに。


 やがて三人の運命を大きく変える出来事が、この西欧の地で起きることを。


 ――この時の三人は、まだ知る由もなかった。





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