40話 魔人②
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北欧某所。
深い雪に覆われた山々の麓に、一際大きな建物がそびえ立っていた。
古びた石造りの校舎。
いくつもの尖塔が空へ伸び、その周囲を魔力によって浮遊する無数の光球が漂っている。
時折、空中を飛ぶ魔術士が校舎の間を飛び交い、遠くからは魔術の爆発音まで聞こえてくる。
ここは、北欧に存在する魔術師たちの学び舎。
――エテルナ魔術学院。
その一室で。
「……なるほど」
一人の少女が、机の上に広げられた資料を食い入るように見つめていた。
金色の髪。
透き通るような青い瞳。
年齢はまだ少女と呼べるほどだというのに、その成績は学院でも上位。
魔術師としても将来を期待されている優秀な生徒である。
――エヴァンジェ・ソト。
そんな彼女が、現在夢中になっているもの。
それは魔術書でも、研究資料でもなかった。
「日本……」
資料に掲載された一枚の写真。
そこに写っていたのは、一人の少年だった。
黒髪。
日本人らしい顔立ち。
そして――腰に差された一振りの刀。
「日本……!」
エヴァの瞳が輝く。
「日本人……!」
資料をめくる。
「刀……!」
バンッ!
勢い余って、机を両手で叩いた。
「これは非常に興味深いです!」
『……何がだ?』
「ひゃっ!?」
突然、背後から声をかけられ、エヴァが飛び上がった。
振り返ると、そこには学院の教員が立っている。
『何をそんなに興奮している?』
「こ、これはですね!」
エヴァは慌てて資料を抱え込む。
「日本の……サムライです!」
『……侍?』
「はい!」
エヴァは写真を指差した。
「彼です!」
教員が資料へ目を落とす。
『桑原巧……』
そこには少年のプロフィールが記されていた。
最近、ジャティス所属所属された日本人の血を引く少年。
『彼は侍ではないぞ』
「細かいことは気にしないでください」
『いや、かなり重要だと思うが……』
教員は小さくため息を吐いた。
『彼はジャティスの隊員だ』
「ジャティス……」
『魔術師ではない。魔甲を使い、魔人と戦う対魔人部隊だ』
「なるほど……あの魔人とですね」
エヴァは再び写真を見る。
「魔術士ではないのに、魔人と戦う……」
その瞳に、また好奇心の光が宿る。
「面白いです!」
『君は本当に日本が絡むと目の色が変わるな』
「当然です!」
エヴァは胸を張った。
「日本文化研究同好会の部長として、これは見過ごせません!」
『……そんな同好会が学院にあったのか?』
「あります!」
『部員は?』
「私一人です!」
「……それは同好会と言うのか?」
「部長です!」
『そうか……』
教員は、それ以上何も言わなかった。
どうやら突っ込むだけ無駄らしい。
『まあ、それは置いておこう』
教員は別の書類を取り出した。
『今回、君を呼んだのは別の理由だ』
「?」
エヴァが首を傾げる。
『学院とジャティスの間で、共同任務が決まった』
「共同任務?」
『ああ』
教員は資料を机の上へ置いた。
『近年、魔人同士の小競り合いが活発化してな。ジャティスは魔甲による戦闘を得意としているが、魔術的な対策については専門外だ』
「なるほど」
『逆に、我々魔術師は魔術に関する知識はあるが、実戦における対魔人戦闘ではジャティスに及ばない』
エヴァは真剣に話を聞いていた。
「そこで、双方の戦力を組み合わせる。魔術師とジャティスの共同作戦……」
『そういうことだ』
教員は一枚の書類を差し出した。
『そして学院側から一名、ジャティスへ派遣することになった』
エヴァは嫌な予感がした。
「……まさか」
『そのまさかだ』
教員は淡々と告げる。
『エヴァンジェ・ソト。君が行く』
「…………」
一瞬。
エヴァの動きが止まった。
「私が?」
『ああ』
「ジャティスへ?」
『ああ』
「……」
そして。
「――行きます!」
即答だった。
『返事が早いな』
「日本人の方がいるのでしょう!?」
『……そこか』
「もちろんです!」
エヴァは机の上の資料を両手で抱えた。
「日本人の血を引く方と直接お話しできるなんて、こんな機会は滅多にありません!」
『言っておくが、桑原巧は日本人だが日本で育ったわけではない』
「それでも日本人の血は流れています!」
『……君は本当に日本が好きだな』
「大好きです!」
またもや即答。
教員は呆れたように息を吐いた。
『まあいい。君には魔術士としての実力もある。補助系の魔術も得意だ。今回の任務には適任だろう』
「お任せください!」
エヴァは嬉しそうに資料を抱きしめる。
そして。
もう一度、写真を見る。
「桑原巧……」
そこには、刀を携えた少年の姿。
まだ幼さの残る顔。
けれど、その目には強い意志が宿っていた。
「どんな人なのでしょう?」
エヴァは小さく呟く。
「日本のこと……たくさん知っているのでしょうか?」
期待に胸を膨らませる。
そして。
「……まずは、好きな日本食を聞いてみましょう」
『そこから入るのか?』
「当然です!」
教員のツッコミなど気にも留めず、エヴァは次々と質問を考え始める。
「お寿司? ラーメン? 天ぷら? それとも……!」
『任務のことも忘れるなよ』
「もちろんです!」
エヴァは胸を張った。
「魔人についても、しっかり調査します!」
『……本当に頼むぞ』
こうして、エテルナ魔術学院から、一人の少女が派遣されることになった。
「……日本、楽しみです!」
窓の外。
白銀の世界を眺めながら、エヴァは嬉しそうに笑った。




