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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
12月

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40話 魔人





―――――





「話って何ですか?」


 とある日、巧はジャティス本部へ呼び出されていた。


『――総隊長がお前に話があるとの事でな』


「総隊長が?」


 まだジャティスの訓練生である巧にとって、総隊長と直接会うことは異例だった。


 普段なら、訓練生が総隊長と顔を合わせる機会などほとんどない。


 ましてや、こうして直接呼び出されるなんて。


「何か問題でも起こしました?」


『心当たりがあるのか?』


「ないです」


『なら、余計な心配をするな』


「……ですよね」


 案内役の隊員は苦笑しながら歩き続ける。


 やがて、廊下の突き当たりにある大きな扉の前で足を止めた。


『ここだ』


「……」


 巧は扉を見上げる。


 その向こうにいるのは、ジャティスを束ねる総隊長。


 名前はヴィクトリア・サノー。


 巧もその名は以前から聞いていた。


 だが、実際に会うのはこれが初めてだった。


『総隊長、桑原巧を連れてきました』


「入れ」


『はい。失礼します』


 扉が開く。


 その先には、広々とした執務室があった。


 壁には歴代のジャティスを示す紋章が並び、部屋の奥には一人の女性が座っている。


 若い。


 総隊長という立場を考えれば、かなり若い部類に入る。


 だが、その瞳には年齢など関係ないと思わせる鋭さがあった。


「来たか。桑原巧」


「はい」


「そこへ」


「失礼します」


 巧は総隊長の前まで歩き、背筋を伸ばした。


「……」


「……」


 しばし、沈黙。


 ヴィクトリアは机の上に置かれていた書類へ目を落とす。


「桑原巧。十三歳でジャティスの訓練に参加」


「はい」


「魔甲を使用せず、同年代――いや、他の訓練生を含めても上位の成績」


「……ありがとうございます」


「褒めているわけではない」


「……はい」


 巧は苦笑する。


 どうやら、この人は無駄なことを言わないタイプらしい。


 ヴィクトリアは書類を閉じた。


「お前は父親のことを知っているな?」


「……もちろんです」


 その言葉を聞いた瞬間。


 巧の表情が僅かに変わった。


「優秀なジャティスでした」


「ええ」


 ヴィクトリアは静かに頷く。


「私も、彼とは何度か任務を共にしたことがある」


「……」


「非常に真面目な男だった」


 巧は黙って聞いていた。


「そして――」


 ヴィクトリアがゆっくりと立ち上がる。


「非常に強かった」


 その言葉に、巧の拳が僅かに強く握られた。


「……ありがとうございます」


「なぜ礼を言う?」


「父のことを覚えていてくれたので」


「そうか」


 ヴィクトリアは巧を見つめる。


「では、そんな父親を持つお前に一つ聞こう」


「はい」


「お前は、何のためにジャティスになりたい?」


「……」


 突然の質問だった。


 巧はすぐには答えなかった。


 父を超えるため。


 陽菜を守るため。


 魔人と戦うため。


 いくつもの答えが頭をよぎる。


 だが。


 最後に浮かんだのは、遠い昔の記憶だった。


 雪の降る街。


 震えていた小さな少女。


 そんな彼女へ、自分の上着を差し出した。


『陽菜は俺が守る!』


 あの日の自分。


「……守るためです」


 巧は静かに答えた。


「誰かを守れる力が欲しい」


「それだけか?」


「……」


 巧は少しだけ考える。


 そして、腰にある【ハヤテ】へ手を添えた。


「それと――」


 顔を上げる。


「父を超えたい」


「……」


「父は俺より強かった」


 当たり前のことだった。


 それでも、巧にとって父の背中は、今も追い続けるべき目標だった。


「だから、いつか父を超える」


 ヴィクトリアはしばらく巧を見つめていた。


 やがて。


「……そうか」


 彼女は机の上に置かれていた一冊の手帳を手に取る。


 そして、それを巧へ差し出した。


「ならば、そろそろ次の段階へ進むとしよう」


「次の段階?」


「桑原巧」


 ヴィクトリアの声が、静かに響く。


「本日付で、お前を私――ヴィクトリア・サノー名の元でジャティスとして正式に任命する」


「……!」


 巧の目が大きく見開かれた。


「コードネームは――」


 ヴィクトリアは一拍置いて告げる。


「TYPE-7」


「TYPE……7」


「そうだ。このコードネームはお前の父が使っていたものだ」


 巧は差し出された手帳を見つめる。


 そこには、自分の名前とともに。


 新たな所属とコードネームが記されていた。


「……俺が」


 ゆっくりと手帳を受け取る。


「ジャティス……」


「ああ」


 ヴィクトリアは頷く。


「ただし、喜ぶのはまだ早い」


「……?」


「ジャティスになったということは、これまで以上に危険な任務へ赴くことになる」


 その声からは、一切の冗談が感じられなかった。


「ここから先は、本当の意味で命を懸けることになる」


「……分かっています」


「ならば問おう」


 ヴィクトリアの鋭い視線が、真正面から巧を射抜く。


「お前は――ジャティスとして戦う覚悟があるか?」


 巧は手帳を握り締める。


 脳裏に浮かぶのは、父の姿。


 そして、家で自分の帰りを待っている妹の姿。


「……あります」


 迷いはなかった。


「俺は――」


 一歩、踏み出す。


「ジャティスになります」


 その瞳には強い意志が宿っていた。


 ヴィクトリアはそんな巧を見つめ――。


 ほんの僅かに口元を緩めた。


「……よろしい」


 そして、正式な任命を告げる。


「本日より、お前はジャティスだ」


「はい!」


「我々の名を背負う以上、己の命だけではなく、仲間の命も背負え」


「了解しました!」


「それと――」


「?」


「死ぬな」


「……!」


 巧は目を丸くした。


 ヴィクトリアは真剣な表情のまま続ける。


「父親を超えたいのだろう?」


「はい」


「なら、まず生きて帰れ。話はそれからだ」


「……はい!」


 巧は力強く敬礼した。


「桑原巧――」


 ヴィクトリアは静かに告げる。


「今日からお前は、最年少のジャティス隊員だ」


「了解しました!」


 その声が、静かな執務室に響き渡った。


 父の背中を追い続けてきた少年は、ついにその背中と同じ場所へ立った。


 ――ジャティス。


 コードネーム、TYPE-7。


 それが後に【裏切りの騎士】桑原巧のジャティスとしての始まりだった。








―――――






 ――その日の夕方。


 巧はジャティス本部を後にし、自宅へ向かっていた。


 手には、今日受け取ったばかりの手帳。


 そこには、正式な所属と新しいコードネームが記されている。


 TYPE-7。


「……」


 何度見ても、まだ実感が湧かない。


 今日から自分は、正式なジャティス。


 父と同じ場所に立った。


 そう考えると、不思議と胸の奥が熱くなった。


 そして――。


「ただいま」


 玄関の扉を開ける。


「おかえり、お兄ちゃん!」


 ぱたぱたと足音を響かせながら、陽菜が駆けてくる。


「遅かったね。今日は訓練?」


「ああ」


 靴を脱ぎながら、巧は答える。


「ちょっと総隊長に呼ばれてた」


「総隊長に!?」


 陽菜の目が丸くなる。


「何か怒られるようなことしたの?」


「してないって」


「本当に?」


「本当」


 陽菜はじっと巧を見る。


「……嘘ついてない?」


「ついてない」


「ならよかった」


 陽菜はほっと胸を撫で下ろした。


「それで、何だったの?」


「……」


 巧は少しだけ黙った。


 そして、手に持っていた手帳を陽菜へ差し出す。


「これ」


「?」


 陽菜が受け取る。


 表紙を開き――。


「……え?」


 そこに記された文字を見て、陽菜の動きが止まった。


「これ……」


「今日から俺、正式にジャティスになった」


「…………」


 陽菜はしばらく何も言わなかった。


 やがて。


「……本当に?」


「ああ」


「お兄ちゃんが?」


「うん」


「ジャティスに?」


「うん」


「……」


 陽菜は手帳を閉じる。


 そして。


「やったぁ!」


「うわっ!?」


 突然、陽菜が巧へ飛びついた。


「お、おい!」


「おめでとう、お兄ちゃん!」


「……ありがとう」


 巧は苦笑しながら、陽菜の頭を撫でる。


「これで少しは父さんに近づけたかな」


「うん!」


 陽菜は迷いなく頷いた。


「きっとお父さんも喜んでるよ!」


「……そうだな」


 巧は少しだけ笑った。


 けれど。


 陽菜の表情が、ふと曇る。


「……でも」


「ん?」


「ジャティスって……危ないんだよね?」


「……」


 巧は答えるまで、少しだけ時間を置いた。


「まあな」


「魔人とも戦うんでしょ?」


「ああ」


「死んだり……しない?」


「陽菜」


 巧は陽菜の頭に手を置く。


「俺は死なないよ」


「……本当に?」


「本当」


 そして、昔と同じように笑った。


「俺は陽菜を守るって約束しただろ?」


「……!」


 陽菜の瞳が僅かに揺れる。


 それは、十年前。


 雪の降る街で交わした約束。


 五歳の少年が、三歳の少女へ告げた言葉。


『陽菜は俺が守る!』


 あの日から。


 その約束だけは、一度も変わっていない。


「……うん」


 陽菜は小さく笑った。


「お兄ちゃんは、約束破らないもんね」


「ああ」


「じゃあ、今日はお祝いだね!」


「何するんだ?」


「お兄ちゃんの好きなもの作る!」


「俺が作るんじゃなくて?」


「今日は私が作る!」


「……大丈夫か?」


「大丈夫!」


「前に卵焼き焦がしてたけど」


「今日は大丈夫!」


「前にも同じこと言ってたぞ」


「もう! お兄ちゃんの意地悪!」


 家の中に、二人の笑い声が響いていた。




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