39話 出会い、1/7⑥
「そこだっ!!」
『ちょ、巧。参ったって!』
訓練場に、木剣のぶつかり合う音が響いた。
巧はジャティスの訓練所にいた。
ジャティスへ入隊してからというもの、巧はみるみるうちに実力を伸ばしていた。
魔甲を纏わずとも、同世代の隊員の中では五本の指に入るほどの実力。
その理由は、ただ一つ。
努力だった。
幼い頃から続けてきた父との訓練。
父を失ってからも、一日たりとも鍛錬を怠ったことはない。
そして今日もまた。
「……まだまだだな」
巧は木剣を下ろした。
『はぁ……はぁ……』
対戦相手は膝に手をつきながら息を切らしている。
『巧は強いなぁ……。どう鍛えたらそんなに強くなるんだ?』
「努力。ひたすら努力だな」
『真面目かよ』
男は苦笑した。
『そういえばお前、聞いた? 魔人の一人が倒された話』
「ああ、聞いた」
『やったのも、あの【ミシマ】の生き残りだってよ。近々ミシマを魔人認定されるらしいぞ』
「まあ、あれの首謀者だからな。それも仕方がないだろうな」
『それに総隊長、日本の破魔士っていう一族をあんまり好きじゃないみたいだぞ。総隊長もクォーターだっていうのにな』
「俺も生まれも育ちもここだから、特に日本に思い入れがあるわけじゃないしな」
『そうなのか?』
「ああ。何回かは行った事あるし、一応日本語も勉強してるけど、俺にとっては外国だな」
『へぇ。じゃあ、いつか一緒に行ってみようぜ』
「観光なら考えておく」
『なんだよ、その返事』
男が肩をすくめた。
その時だった。
『――お前たち、随分と暇そうだな』
「「――っ!?」」
二人が同時に振り返る。
そこに立っていたのは、身体のあちらこちらに歴戦の傷痕が残る男だった。
『き、教官!?』
「……げっ」
巧も思わず声を漏らす。
ジャティス内でも、鬼の教官として恐れられている男だ。
『訓練中に無駄話とは、随分と余裕があるじゃないか』
『い、いや! これは休憩時間で――』
『なら休憩時間が終わるまでに、あと百回素振りをしておけ』
『ひゃ、百!?』
『嫌なら二百だ』
『喜んで百やります!』
「よろしい」
教官は満足そうに頷く。
そして、巧へ視線を向けた。
『桑原』
「はい」
『お前はどうする?』
「上等ですよ」
『そうか』
教官は巧をじっと見つめる。
『……お前は相変わらず魔甲を使わずに戦っているな』
「はい」
『お前の実力なら、魔甲を纏うことはできると思うぞ?』
「分かっています」
『なら、なぜ使わない?』
巧は少しだけ考えた。
「……まだ、俺には早いと思っているからです」
『ほう』
「父が言っていました。魔甲を使えるだけでは、ジャティスにはなれないって」
教官の表情が僅かに変わった。
『……桑原の言葉か』
「はい」
『そうか』
それ以上、教官は何も言わなかった。
『なら、今は己の身体を鍛えろ』
「はい」
『魔甲に頼るのは、それからだ』
「分かりました」
教官が去っていく。
しばらくして、隣の男が口を開いた。
『……お前、教官と普通に話せるのすげぇな』
「そうか?」
『そうだよ。俺なんて目が合っただけで背筋伸びるぞ』
「それはお前が普段から姿勢悪いだけだろ」
『そこじゃねぇよ!』
そんなくだらない会話を交わしながら、二人は再び訓練へ戻っていった。
――それから数週間。
巧の評価は、さらに上がっていった。
魔甲を使わずにただ刀一本で同世代の隊員たちを次々と打ち負かしていく。
『……また桑原か』
『くそっ、あいつ本当に十三歳かよ』
『魔甲なしで、あの動きってどうなってんだ?』
そんな声が訓練場で聞かれるようになった。
そして。
「桑原巧」
ある日の訓練終了後。
教官から名前を呼ばれた。
「はい」
『お前に話がある』
「何でしょうか?」
『近いうちに、実戦部隊の訓練へ参加してもらう』
「……!」
巧の目が見開かれる。
『もちろん、正式な戦闘任務ではない。あくまで見学と補助だ』
「分かりました」
『だが、実際の魔人を目にする可能性がある』
「……」
『覚悟はしておけ』
「はい」
巧は静かに頷き【ハヤテ】を強く握り締めた。
――その日の夕方。
「……まだまだだな」
訓練を終えた巧は、肩に【ハヤテ】を担ぎながらジャティスの施設を後にした。
今日も散々しごかれた。
身体は疲れている。
それでも、不思議と嫌ではなかった。
少しずつだが、父の背中に近づいている。
そんな実感があったからだ。
施設を出て、しばらく歩く。
やがて見慣れた街並みが見えてきた。
ここから先は、巧にとって戦場ではない。
父と暮らした家。
そして――陽菜が待っている家だ。
玄関の扉を開ける。
「ただいまー」
返事はない。
「……あれ?」
靴を脱いで中へ入る。
すると。
「おかえり、お兄ちゃん!」
「――おわっ!?」
突然、廊下から陽菜が飛び出してきた。
「びっくりした……」
「えへへ。今日はちょっと遅かったね」
「ああ。訓練が長引いた」
「そっか」
陽菜は巧の顔をじっと見る。
「……疲れてる?」
「まあな」
「ご飯、できてるよ」
「マジで?」
「マジで」
陽菜は得意げに胸を張った。
「今日は私が作ったんだから」
「……」
巧が固まる。
「なんでその顔?」
「いや……陽菜が料理を?」
「失礼だな!」
陽菜が頬を膨らませる。
「私だってもう十一歳なんだから、料理くらいできるよ!」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「じゃあ、どういう意味?」
「……なんでもない」
巧は苦笑しながら居間へ向かった。
テーブルの上には、温かな料理が並んでいる。
「おお……」
「どう?」
「普通にうまそう」
「普通にって何?」
「褒めてる褒めてる」
「ほんとかなぁ」
陽菜は疑わしそうな顔をしながらも、嬉しそうに笑った。
巧は椅子に腰を下ろす。
訓練場では、誰もが自分を強くなければならない存在として見ている。
魔甲を使わずに戦う少年。
桑原の息子。
いずれジャティスになる男。
そんな言葉を向けられることも増えてきた。
けれど。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
ここでは、ただの兄だ。
陽菜にとっての――お兄ちゃん。
それだけだった。
「……うん」
一口食べる。
「おいしい」
「ほんと!?」
「ああ」
陽菜の顔がぱっと明るくなる。
「よかった!」
「陽菜」
「なに?」
「ありがとな」
「……え?」
巧は少し照れくさそうに笑った。
「帰ってきて、陽菜がいると安心する」
「……」
陽菜は目を丸くした。
そして。
「えへへ……」
小さく笑う。
「じゃあ、これからも毎日『おかえり』って言ってあげる」
「ああ。頼む」
「うん!」
二人のやり取りを、壁に飾られた父の写真が静かに見つめていた。
父がいなくなってから、もう一年。
それでも、この家には父が残した温もりがある。
そして、その温もりを守ることこそが、巧がジャティスを目指す理由だった。
「……父さん」
巧は心の中で呟く。
――俺、ちゃんとやってるよ。
まだ魔甲も使いこなせない。
まだ父には遠く及ばない。
それでも、陽菜を守る。
その約束だけは、絶対に忘れない。
巧は食卓の向かいにいる陽菜を見る。
「お兄ちゃん?」
「ん?」
「どうしたの?」
「……いや」
巧は笑った。
「なんでもない」
「変なの」
陽菜も笑う。
その笑顔を見ながら、巧はふと思う。




