39話 出会い、1/7③
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陽菜の名前が分かってから、数日が過ぎた。
しかし、警察から新しい連絡が来ることはなかった。
少女の身元は、未だに不明。
彼女を探している家族も。
彼女の過去を知る人も。
誰一人として現れなかった。
それでも陽菜は少しずつ笑うようになっていた。
朝になれば巧が声をかけてくれる。
一緒にご飯を食べる。
一緒に遊ぶ。
夜になれば、隣に誰かがいる。
雪の中で一人震えていたあの日とは、もう違う。
だからこそ陽菜には、今の場所を失うことが何より怖かった。
そして、そんなある日のこと。
桑原家は再び警察署を訪れていた。
『……事情は分かりました』
担当の警察官は、提出された書類へ目を通しながら静かに頷いた。
『こちらとしても引き続き調査は続けます。ですが……現時点では、ご家族を特定できる情報はありません』
その言葉に父は小さく息を吐いた。
『やはり……そうですか』
『はい』
警察官は申し訳なさそうに視線を落とす。
そして、隣に座る小さな少女へ目を向けた。
『一つ提案があります』
『もし、保護者となる方がいらっしゃるのであれば……。施設ではなく、家庭で保護するという方法もあります』
その言葉を聞いた瞬間、陽菜の身体が小さく震えた。
「……」
無意識に隣に座っていた巧の服を掴む。
小さな指が、ぎゅっと布を握りしめた。
それに気付いた巧は何も言わず、陽菜の手をそっと握り返した。
「大丈夫」
そう伝えるように。
『もちろん、正式な手続きは必要になります。もし、後からご家族が見つかった場合は、その時に改めて相談する形になりますが……』
警察官の説明を聞き、父と巧は顔を見合わせる。
そして。
『お願いします』
迷うことなく答えた。
『この子を、我が家で預かります』
『本当に……よろしいのですか?』
『はい。もう、この子は家族ですから』
その言葉を聞いた陽菜は。
ゆっくり顔を上げた。
「……かぞく?」
小さな声。
父は優しく頷いた。
『ああ』
『陽菜ちゃんも一緒に来るんだ。これからも、みんなで暮らそう』
「……!」
陽菜の目が大きく開く。
「ほんと……?」
『本当だ』
その瞬間。
「やった……!」
小さな声が漏れた。
そして。
「やったぁ!」
今まで我慢していた感情が溢れ出したように。
陽菜は満面の笑顔を浮かべる。
それは雪の街で出会った日以来。
初めて見せた、年相応の笑顔だった。
「たくみ! いっしょ!」
陽菜が嬉しそうに手を伸ばす。
「うん!」
巧も笑顔で頷いた。
「これからもずっと一緒だ!」
「うん!」
何度も何度も頷く陽菜。
その姿を見て。
父も自然と笑顔になった。
帰り道。
雪はすっかり止んでいた。
白く染まっていた街には、柔らかな冬の日差しが差し込んでいる。
陽菜は小さな手で巧の手を握りながら歩いていた。
その温もりが嬉しくて、自然と頬が緩む。
「陽菜?」
巧が首を傾げる。
「どうしたの?」
陽菜は足を止めた。
何かを言おうとして。
でも、恥ずかしくて言葉が出ない。
「……?」
巧が不思議そうに見る。
陽菜は俯いた。
そして。
小さく息を吸い込む。
「……おにい……ちゃん」
たどたどしい声。
けれど。
その一言は、確かに届いた。
「……え?」
巧が目を丸くする。
陽菜は顔を赤くしながら。
もう一度。
「おにいちゃん」
一瞬、時間が止まったようだった。
そして。
「えへへ」
巧は照れくさそうに笑う。
「うん!」
「お兄ちゃんに任せろ!」
その言葉に陽菜も小さく笑った。
「えへへ……」
雪道に二人の笑い声が響く。
少し離れた場所で見ていた父は、苦笑しながら肩をすくめた。
『五歳でお兄ちゃんか。責任重大だな、巧』
「大丈夫!」
巧は胸を張る。
「陽菜は俺が守る!」
『ははっ』
『頼もしいな』
まだ五歳の少年。
けれどその言葉だけは、本物だった。
陽菜はもう一度、巧の手をぎゅっと握る。
「おにいちゃん」
「ん?」
「だいすき」
真っ直ぐな言葉。
巧は少し照れながら、陽菜の頭を優しく撫でた。
「俺も陽菜が大好きだよ」
こうして、雪の日の出会いから始まった二人の関係は、ただの保護する側と、される側ではなく。
本当の兄妹として歩き始めた。
血は繋がっていない。
それでも互いを想う気持ちは、誰よりも強かった。
この日、桑原兄妹が生まれたのである。




