38話 出発④
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資材室へ身を隠してから、数時間が経過した。
三人の南極密航生活は、思っていたよりも平穏に進んでいた。
……ただし。
「暇」
星菜が簡易ベッドへ寝転びながら呟く。
「早すぎるよ!?」
月菜は思わず突っ込んだ。
まだ船に乗り込んでから数時間。
目的地である南極へ到着するまでには、まだ長い時間が残っている。
しかし、やることがない。
「私は情報の整理をしている」
陽菜は机の上に資料を広げながら答える。
そこにはレグルス・クレイマーの情報。
そして、兄である巧を救出するための計画が書かれていた。
「陽菜は本当に真面目すぎるよ……」
月菜はため息を吐く。
「星菜ちゃんも、少しくらい緊張感持ってよ」
「持ってるよ?」
星菜はベッドの上で伸びをする。
「南極でちゃんと動けるように休んでる」
「それ、ただ寝てるだけじゃん!」
「休息も立派な準備」
「言い方だけは格好いいんだから……」
月菜のツッコミが資材室へ響く。
そんなやり取りを繰り返しているうちに。
不思議なことに、三人の緊張は少しずつ薄れていった。
乗り込む前は見つかったらどうしよう。
怒られたらどうしよう。
そんな不安ばかりだった。
しかし数時間経っても、誰も扉を開けることはなかった。
足音が近付いても扉の前で止まることはない。
まるで、そこに何もないかのように通り過ぎていく。
「……ねぇ」
月菜が小さな声で呟く。
「これって」
「気付いてるよね」
星菜が先に答えた。
「たぶん」
陽菜も否定しなかった。
この規模の船で、三人の少女が隠れている。
気付かれない方がおかしい。
それでも誰も何も言わない。
追い出すこともしない。
ただ、船は何事もなかったかのように進んでいる。
「……」
月菜は少しだけ笑った。
「優しい人もいるんだね」
陽菜は少しだけ目を伏せる。
「……うん」
短い返事。
でも、そこには確かな感謝があった。
そして、気付けば、窓のない資材室にも夕方の時間が訪れていた。
船内放送が響く。
『現在、夕食の時間となります。乗組員の皆様は食堂へお越しください』
「夕食」
星菜が反応する。
「食堂……」
その目が少し輝いた。
「駄目だからね?」
月菜がすぐに釘を刺す。
「絶対行っちゃ駄目だからね?」
「分かってるって」
星菜は笑う。
「でも船のご飯って気になるじゃん」
「今の私たちの状況分かってる!?」
月菜は頭を抱えた。
「密航中だよ!?」
「分かってる分かってる」
星菜は楽しそうに笑う。
「だから余計に気になるんじゃん」
「全然分かってないよ!」
そんな二人のやり取りを見ながら。
陽菜が小さく笑った。
「二人とも」
「何?」
月菜と星菜が振り返る。
「ありがとう」
突然の言葉に。
二人は少しだけ驚いた。
「私は……」
陽菜は視線を落とす。
「一人で行くつもりだった」
兄を助けるため。
危険な場所へ向かうため。
誰かを巻き込むつもりはなかった。
でも。
「もう一人じゃないでしょ?」
月菜が笑う。
「友達だから」
「そうそう」
星菜も頷く。
「ここまで来たんだから、最後まで付き合うよ」
陽菜は二人を見る。
そして。
「……うん」
小さく頷いた。
その時資材室の外から足音が聞こえた。
三人の表情が一瞬で変わる。
会話が止まる。
足音が扉の前で止まった。
コン。
何かを置く音。
そして。
足音はそのまま遠ざかっていった。
「……」
月菜がゆっくり扉を開ける。
そこにあったのは一枚の紙だった。
『第二浴室』
『本日、二十時から二十一時まで使用可能』
「……」
三人は紙を見る。
「お風呂」
星菜の目が輝く。
「これは行くしかないね」
「いや、待って」
月菜が慌てる。
「これ……」
言葉が止まる。
誰が置いたのか。
考えれば分かる。
でも、そこには何も書かれていない。
助けるとも。
見逃すとも。
ただ必要な情報だけ。
「……ありがたいね」
月菜は小さく呟いた。
陽菜は紙を見る。
「二十時から二十一時」
「覚えた」
「陽菜ちゃん」
月菜が苦笑する。
「そこだけ妙に真剣だね」
「重要だから」
「そこ!?」
星菜が笑う。
「よし!」
彼女は立ち上がった。
「南極密航生活、初日の目標!」
「何?」
「お風呂に入る!」
「目標が平和すぎるよ……」
月菜は呆れながらも笑った。
南極へ向かう長い船旅。
その最初の夜三人は少しだけ、普通の少女らしい時間を過ごすことになった。




