38話 出発③
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船内――貨物区画。
大型コンテナが並ぶ薄暗い空間の片隅。
三人の少女は、積み上げられた荷物の陰に身を潜めていた。
「……」
「……」
「……」
誰も何も言わない。
聞こえるのは、船の奥から響いてくるエンジン音だけ。
低い振動が床を伝わり、三人が本当に船へ乗り込んでしまったことを実感させる。
しばらくして。
「……ねぇ」
月菜がおそるおそる口を開いた。
「何?」
陽菜が小さく返事をする。
「乗れたのはいいんだけどさ」
「うん」
「このあと、どうするの?」
「…………」
沈黙。
「陽菜?」
「考えてなかった」
「考えてなかったの!?」
月菜の声が思わず大きくなる。
「しーっ」
陽菜がすぐに人差し指を立てる。
「見つかる」
「いやいやいや!」
月菜は声を抑えながら叫ぶ。
「見つかる以前に、計画が存在してないよ!?」
陽菜は少し考える。
「必要なことは済ませた」
「何を!?」
「船に乗ること」
「そこだけ!?」
月菜は頭を抱えた。
確かに目的は達成した。
船には乗れた。
しかし。
問題はその後だった。
隠れる場所。
食料。
睡眠。
そして、船員に見つからない方法。
何一つ考えていない。
勢いだけで突入した結果である。
「まぁまぁ」
そんな二人を見ていた星菜が、楽しそうに笑う。
「何とかなるって」
「その根拠のない自信はどこから来るの!?」
「勘♪」
「一番信用できないやつ!」
月菜のツッコミが貨物区画へ響く。
「とりあえず」
陽菜はコンテナの隙間から周囲を見る。
「人が来ない場所を探す」
「それは賛成」
月菜も頷く。
「ここ、絶対そのうち見つかるよね」
「じゃあ探索開始!」
星菜が小さく拳を握る。
「だから冒険みたいに言わないで……」
三人は忍び足で貨物区画を進み始めた。
しかし。
「……あ」
先頭を歩いていた星菜が足を止める。
「どうしたの?」
「人」
その言葉と同時に。
角の向こうから作業服姿の船員が姿を現した。
「っ!」
陽菜はすぐに月菜の腕を引く。
三人は近くのコンテナの陰へ隠れた。
足音が近づく。
コツ。
コツ。
コツ。
月菜は息を止める。
(お願い……気付かないで……!)
船員はコンテナの前で立ち止まった。
周囲を確認する。
「……異常なし」
その声に、三人は胸を撫で下ろしかける。
しかし。
船員はその場から動かなかった。
『貨物区画は夜になると巡回の回数が増えて大変だよな』
独り言のように呟く。
『休むなら……第二倉庫の奥にある資材室の方が静かでサボれるんだが』
「……」
三人は顔を見合わせる。
『まぁ、バレたらクビだからやらないけどな』
船員はそう言うと、そのまま歩き去っていった。
足音が完全に消える。
月菜がゆっくり顔を出した。
「……今の」
「資材室」
陽菜が呟く。
「第二倉庫の奥」
星菜がニヤリと笑った。
「これ、どう考えても誘導されてるよね?」
「偶然」
陽菜は真顔で答える。
「陽菜ちゃん」
月菜は呆れた顔をする。
「その『偶然』って言葉、最近便利に使いすぎじゃない?」
しかし。
三人に選択肢はなかった。
このまま貨物区画に隠れるよりは、遥かに安全だ。
「……行こう」
陽菜の一言で。
三人は再び歩き始めた。
第二倉庫の最奥。
細い通路を抜けた先に、一枚の扉があった。
プレートには。
《資材室》
そう書かれている。
「本当にここ?」
月菜が小声で尋ねる。
「船内図通り」
陽菜がスマホを見る。
「まだ船内図持ってたの!?」
「必要だったから」
「もうそれ禁止にしようよ!」
星菜が笑う。
「陽菜ちゃん、便利すぎるんだよね」
そして。
扉が開く。
ギィ……。
「……」
三人は思わず黙った。
そこは資材室という名前から想像していた場所とは違った。
壁際には簡易ベッド。
綺麗に畳まれた毛布。
棚には保存食や飲料水。
小型の電気ケトル。
簡単な調理器具。
さらには小さなシャワールームやトイレまである。
「……」
月菜が呟く。
「これ、本当に資材室?」
「船員の仮眠用も兼ねてる」
星菜が楽しそうに部屋を見る。
「快適じゃん」
「……ここなら隠れられる」
陽菜も少しだけ安心した表情を見せた。
少なくともコンテナの隙間で二日間過ごす未来は消えた。
その時。
「あれ?」
星菜が机の上に置かれた紙を見つける。
そこには短い文章が書かれていた。
『夜間は巡回が増えるため、外出時は十分注意すること』
三人は静かに顔を見合わせる。
「……」
「……」
「……」
「これ」
月菜が苦笑する。
「絶対、私たち向けだよね?」
「偶然」
陽菜は即答した。
「もう分かったよ!」
月菜の小さなツッコミが部屋へ響く。
その頃。
少し離れた通路。
一人の船員が巡回表へ目を落としていた。
「資材室……問題なし」
小さく呟く。
そして。
誰にも気付かれない程度に、口元を緩める。
『……ちゃんと休んでくださいよ』
その言葉は誰に向けたものでもない独り言。
ただ、遠い南極へ向かう少女たちを、陰から見守るためのものだった。




