38話 出発
南極へ向かう三日前。
紫苑学園の昼休み。
いつものように日文研の部室には、少女たちが集まっていた。
――ただし。
今日は、いつもとは少しだけ違っていた。
「……で?」
月菜は机の上に並べられた大量の荷物を見て、困惑した表情を浮かべる。
「これは何?」
「必要な物」
陽菜は真顔で答えた。
その表情には、一切の迷いがない。
だからこそ、月菜の不安は増していく。
「いやいやいや」
月菜は一番上に置かれていた荷物を手に取る。
「防寒着」
次。
「非常食」
さらに。
「ロープ」
そして。
「……サバイバルナイフ」
「…………」
月菜はゆっくりと荷物を机へ戻した。
「陽菜」
「何?」
「南極探検隊になるの?」
陽菜は首を傾げる。
「必要だと思った」
「思ったじゃないよ!」
月菜は思わず机を叩いた。
「完全に遭難する前提じゃん!」
「南極だから」
「南極だからじゃないよ!?」
部室に月菜のツッコミが響き渡る。
そんな二人のやり取りを、楽しそうに眺めていた少女がいた。
「いやー、陽菜ちゃんって意外とアウトドア派なんだね」
「星菜ちゃん!?」
いつの間にか部室へ来ていた佐々木星菜。
彼女は机の上の荷物を興味深そうに眺める。
「そんな重装備を学校に持って来て、冬山登山でもするの?」
「……」
陽菜は少しだけ視線を逸らした。
そして。
「兄を助けに行く」
迷いのない一言。
星菜は、その場で固まった。
「……えっと」
星菜は苦笑しながら首を傾げる。
「それ、昨日エルンストさんやエヴァちゃんに止められてたやつ?」
「そう」
「しかも相手は魔人のレグルス・クレイマー?」
「そう」
「……」
数秒の沈黙。
「あー……なるほどね」
星菜は納得したように頷いた。
「陽菜ちゃん、もう行く気満々なんだ」
「当然」
陽菜は机の上へ一枚の書類を置く。
「昨日、エストファミリアのアジトに泊まった時に聞いた」
「聞いた?」
「盗み聞きした」
「堂々と言った!?」
月菜が驚く。
「いや、それ私がやったんだけど……」
月菜は小さく呟いた。
そもそもタクローたちが何を隠しているのか気になって聞いていただけで、まさかレグルスの情報まで手に入るとは思っていなかったのだ。
「それと」
陽菜は続けてスマホを取り出す。
「これをコピーした」
画面には、レグルスの拠点に関する資料が映っていた。
「……」
月菜は頭を抱える。
「陽菜って、意外と大胆だよね」
「必要なことをしただけ」
「それを大胆って言うんだよ」
そんな二人を見ながら、星菜は資料へ視線を落とした。
「南極観測基地……」
そして。
「本当に行くんだね」
「行く」
陽菜は即答した。
「お兄ちゃんを助ける」
その言葉には、絶対的な覚悟が込められていた。
「……」
月菜は小さく息を吐く。
「陽菜」
「何?」
「一人で行こうとしてる?」
「……」
沈黙。
それが答えだった。
「やっぱり」
月菜は頬を膨らませる。
「私も行くからね」
「月菜」
「駄目って言われても行く」
陽菜は少し驚いたように目を見開いた。
「危険」
「分かってる」
「レグルスは強い」
「それも分かってる」
月菜は陽菜の目を見る。
「でも」
「陽菜だけに行かせるなんて絶対嫌」
「……」
「友達でしょ?」
その言葉に陽菜は少しだけ表情を柔らかくした。
「……ありがとう」
その時だった。
「ちなみに」
星菜が手を挙げる。
「出発っていつ?」
「三日後」
「三日後かぁ……」
星菜は少し考える。
そして。
「うん、この辺り特に予定ない!」
満面の笑みを浮かべた。
「あたしも行くよ♪」
「ちょーっ!?」
月菜が叫ぶ。
「星菜ちゃん、どこに行くか分かってるの!?」
「もちろん」
星菜は胸を張る。
「魔人の一角、レグルス・クレイマーのアジト」
「かなり危険な場所だよ!?」
「上等!」
星菜は拳を握った。
「クソ兄との訓練の成果を試すには、最高の相手じゃん!」
「相変わらずだね……」
月菜は苦笑する。
―――その時、部室の扉が開いた。
「何を話しているのですか?」
「……エヴァ?」
そこに立っていたのはエヴァンジェ・ソトだった。
エヴァは部室へ入り。
そして、机の上に並ぶ荷物を見る。
防寒着。
非常食。
南極に関する資料。
「…………」
数秒の沈黙。
「南極へ行く準備ですね」
「なんで分かったの!?」
月菜が驚く。
エヴァは小さくため息を吐いた。
「分かりますよ」
「陽菜ちゃんが何を考えているかくらい」
「……」
陽菜は何も言わなかった。
「本当なら止めるべきです」
エヴァの表情が真剣になる。
「レグルスは危険です」
「魔人の中でも、特に戦闘を好む存在」
「今の皆さんでは、正面から戦えば勝機はありません」
部室の空気が重くなる。
しかし。
「それでも行く」
陽菜は迷わなかった。
「お兄ちゃんを助ける」
その瞳を見て。
エヴァは小さく笑った。
「……やっぱり似ていますね」
「?」
「巧さんと」
陽菜の表情が僅かに揺れる。
「二人とも、自分より誰かを優先するところ」
「本当に困った兄妹です」
呆れたような言葉。
けれど、そこには優しさがあった。
「分かりました」
エヴァは資料を手に取る。
「協力します」
「エヴァ……」
「ただし」
エヴァは指を立てる。
「私は理事長を足止めしなければならなちので、同行はできません」
三人を見る。
「必ず帰ってきてください。それだけは約束してください」
陽菜はしばらく黙った。
そして。
「……約束する」
小さく頷いた。
「よし!」
星菜が立ち上がる。
「じゃあ、南極遠征の準備開始!」
「遠足みたいに言わないでよ……」
月菜は呆れながらも笑った。
不安はある。
怖くないわけじゃない。
それでも、助けたい人がいる。
一緒に行ってくれる仲間がいる。
それだけで十分だった。
こうして、月菜、陽菜、星菜。
三人の少女による南極行きが決まった。
向かう先は、魔人の根城。
普通なら恐怖で足が止まる場所。
それでも彼女たちは進む。
大切な家族を救うために。




