37話 エストファミリア⑨
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「お兄ちゃんたちのアジトって凄いね。あんなに広いお風呂があるだなんて」
湯上がりの月菜と陽菜はタオルで髪を拭きながら廊下を歩いていた。
「あの部屋だけだと思っていたけど、学校の地下にこんな場所がとは」
隣を歩く陽菜は周囲を見渡す。
タクロー曰く、ユウゲンが「アジトとはすなわち家でもある。ならば住み心地を考えねばならぬ」と言い出した結果。
会議室だけではなく、寝室、客室、浴室、遊戯室まで完備された、もはやアジトというよりホテルのような場所になっていた。
「陽菜、今日は一緒に寝ようね」
月菜は心配そうに陽菜を見る。
「分かった」
陽菜は小さく微笑んだーーその時だった。
『――それで、これからの方針であるが』
「この声……ユウゲンさん?」
月菜が足を止めて耳を澄ますと、近くの部屋からユウゲンの声が聞こえていた。
『とりあえずは敵の視察は大事だよな』
「お兄ちゃんの声もする」
月菜が扉を見る。
「月菜」
陽菜が小声で制止する。
「聞き耳はよくない」
「でも……」
月菜は少し迷った。
「また何か隠してるかもしれないし」
そう言うと、そっと扉へ近付く。
『うむ。四日後に奴らの拠点である【南極】へアズマの船を出すつもりである。表向きは南極大陸での観光調査でな』
『……アズマってのは何でもありだな』
その言葉を聞いた瞬間。
「……っ、南極……!」
その会話の内容はレグルスの居場所を示すものであった。
「陽菜……」
月菜が陽菜に声をかけようとした際ーー
ガチャ。
「ん? ここで何してるんだ?」
タイミング悪く、タクローが部屋から出てきた。
「あ、ああ、えぇっと……」
「お風呂上がりでたまたまここを通っただけです。とても良い湯でした」
慌てる月菜に変わり、陽菜は即座に答えた。
「そうであろう! ここのアジトは特に風呂場のデザインに重視していてな」
「そこまでにしとけよ。話が長くなる。じゃ、ゆっくり休めよ」
タクローはユウゲンを引きずってその場を後にした。
「……入る」
「えぇ!? ダメだよ勝手に入ったら」
月菜が止めるよりも早く、陽菜は先ほどまでタクローたちがいた部屋に入って行った。
「ーーーこれは……」
入った部屋は小さい会議室で中央にあるテーブルに一枚の紙が置いたあった。
陽菜はすかさずその紙をとった。
【南極観測基地・第七ブロック】
そして。
【レグルス・クレイマー】
その名前が記されていた。
「レグルスの居場所……ようやく見つけた」
陽菜の指が震える。
「えー、お兄ちゃんとユウゲンさん不用心すぎるよ!」
月菜の声が、静かな会議室へ響いた。
「よりにもよって、こんな重要そうな資料を机の上へ置きっぱなしにするなんて」
しかし、陽菜はその言葉など耳に入らず、食い入るように紙を見つめる。
「……南極観測基地、第七ブロック。そこの地下施設がレグルス・クレイマーの本拠地……ここにお兄ちゃんが……」
その名前を口にした瞬間、陽菜の表情が変わる。
普段は感情を表に出さない彼女の瞳へ、はっきりと焦りと決意が宿っていた。
「陽菜……」
月菜は不安そうに声を掛ける。
「まさか……」
「行く」
即答だった。
「えっ……」
「四日後」
陽菜は紙を握り締める。
「ユウゲンさんの船に乗り込んでレグルスのアジトに行く」
「な、何言ってるの!?」
月菜は思わず声を上げた。
「さっきエルンストさんも言ってたじゃん! レグルスは危険だって!」
「分かってる」
陽菜は静かに頷く。
「でも、待てない」
その一言は、重かった。
「お兄ちゃんが生きている保証なんて、どこにもない」
「それは……」
「一日遅れれば、その一日で何が起こるか分からない」
月菜は言葉を失う。
兄を助けたい。
その気持ちは痛いほど分かる。
もし立場が逆なら。
お兄ちゃんが攫われていたら。
自分だって――。
「……でも」
月菜はゆっくり首を振った。
「それでも駄目」
「月菜」
「陽菜一人じゃ無理だよ!」
声が震える。
「今日だって……」
思い出す。
霊式を纏った破魔士たち。
圧倒的な力。
そして、レグルスはそのさらに上。
「今日の人たちより強い相手なんでしょ?」
「…………」
「死んじゃうよ」
その言葉に、陽菜は目を伏せた。
分かっている。
そんなことは誰よりも。
それでも。
「だからこそ」
陽菜は小さく笑った。
「私が行く」
「え……?」
「誰かを巻き込むわけにはいかない」
「そんなの駄目!」
月菜は陽菜の肩を掴む。
「友達でしょ!」
「…………」
「私、一人で行かせたりしないから!」
真っ直ぐな瞳だった。
陽菜はその顔を見つめ、困ったように笑う。
「だから月菜は優しすぎる」
「違う!」
月菜は首を横へ振った。
「優しいとかじゃない!」
「?」
「家族を助けたいって思うのは当たり前じゃん!」
その言葉に、陽菜の目が僅かに見開く。
「お兄ちゃんを助けたい陽菜の気持ち、私だって分かるもん」
月菜は少し照れくさそうに笑う。
「だって私も陽菜と同じで、お兄ちゃんのこと大好きだから」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
陽菜はしばらく黙っていたが、小さく息を吐く。
「……ありがとう」
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「これで良かったのか?」
月菜たちの姿が見えなくなった後。
ユウゲンが静かに問いかける。
タクローは壁にもたれながら、小さく息を吐いた。
「ああ」
「盗み聞きも、資料を持っていくことも止めなかった」
「止めても無駄だろ」
タクローは苦笑する。
「陽菜ちゃんは、兄貴を助けるって決めた時点でもう止まらない」
「月菜も同じであろうな」
「だろうな」
ユウゲンは机の上を見る。
「……あの資料」
「わざと置いておいたのであろう?」
「まぁな」
タクローは苦笑した。
「真正面から『連れて行け』って言われたら断るしかない」
「しかし、自分たちで行くなら?」
「あいつらの覚悟を否定できない」
少しだけ目を伏せる。
「俺だって、助けたいって気持ちは痛いほど分かるからな」
ユウゲンは小さく笑った。
「本当に甘い男である」
「悪いかよ」
「いや」
ユウゲンは肩を竦める。
「それがお前の良いところでもある」
タクローは返事をしなかった。
ただ、どこか優しい顔で笑っていた。
「四日後」
ユウゲンが呟く。
「月菜たちは南極へ向かう」
「ああ」
「そして我らは?」
タクローは静かに答える。
「俺たちは俺たちの仕事をする」
四日後。
月菜たちは誰にも気付かれていないと思いながら。
南極へ向かう船へ忍び込むのである。




