37話 エストファミリア④
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――静寂。
つい先ほどまで激しい戦いが繰り広げられていた住宅街は、嘘のように静まり返っていた。
冷たい夜風が吹き抜ける。
スーパーの袋から転がり落ちた長ネギが、アスファルトの上をころり、と小さな音を立てて転がる。
そのあまりにも日常的な光景だけが、この非日常を際立たせていた。
黒衣の破魔士たちは、全員が地面へ倒れ伏している。
誰一人として立ち上がる者はいない。
《霊式》を展開した精鋭たち。
月菜、陽菜、エヴァの三人をあと一歩まで追い詰めた強敵。
その全員が――たった一人の高校生によって制圧されていた。
「……終わったか」
タクローは拾った日本刀を軽く振る。
刃についた血を払うと、男の胸元へ無造作に放り投げた。
カラン、と乾いた音が静かな夜へ響く。
「峰打ちで勘弁してやるよ」
そう言って肩を竦める。
「あと、ちゃんと手入れしとけ。せっかくの刀が泣くぞ」
まるで道場で弟子を叱る師範のような口調だった。
それが、つい数秒前まで敵を圧倒していた人物と同一人物だとは、とても思えない。
「……お兄ちゃん」
ようやく月菜の口から声が漏れた。
その声は、自分でも驚くほどか細かった。
タクローが振り返る。
「ん?」
「…………」
言葉が出ない。
聞きたいことはいくらでもあるのに。
タクローはそんな妹の様子を見て、小さく笑う。
「そんな顔するな」
その笑い方だけは、朝食を作ってくれる時と何も変わらない。
いつもの兄だった。
「とりあえず怪我の手当てが先だ」
「で、でも……」
「話は場所を移してから聞く」
有無を言わせない口調ではない。
それでも、不思議と逆らえなかった。
タクローはそのまま陽菜の方へ歩いていく。
「陽菜ちゃん」
「……平気」
短く答えた陽菜だったが、立ち上がろうとした瞬間、身体が大きく揺らいだ。
「だから無理するなって」
タクローは自然な動作で肩を支える。
軽く身体を見渡し、小さく息を吐いた。
「肋骨一本……いや、二本いってるかもしれないな」
「……見ただけで分かるの?」
「まぁ、なんとなく」
さらりと言ってのける。
陽菜は何も返さなかった。
ただ、その瞳には今まで見たことのない驚きが宿っていた。
続いてタクローはエヴァの前へしゃがみ込む。
「田中さん……いや」
少し考え直し、苦笑した。
「今はエヴァさん、かな」
エヴァも苦笑を返す。
「……やはり、私の正体は気付かれていましたか」
「まぁ、その見た目で田中由香里って言われてもな」
言いかけて、タクローは口を閉じた。
「……いや、この話はまた今度だ」
今はそんな空気ではない。
そう判断したのだろう。
「では、この平良庄司がお姫様抱っこで――」
「却下」
ショージが言い終わる前に、ミアが即答した。
「アンタに任せたら余計なことしかしないでしょ」
「えぇ!? 俺そんな信用ない!?」
「自覚がないのが一番タチ悪いのよ」
ミアは呆れながらエヴァを支える。
一方のショージはというと、不貞腐れたまま黒衣の破魔士たちをロープでぐるぐる巻きにしていた。
「よーし、一丁上がり!」
最後に結び目をぎゅっと締める。
「クリスマス前の大掃除、終了っと!」
「人を粗大ゴミ扱いしない」
ミアが呆れ顔でツッコむ。
その横ではユウゲンが結界を見上げながら満足そうに頷いていた。
「ふむ。《王域》にも異常なし。近隣への被害もゼロ。実に美しい戦果だ」
「自画自賛かよ」
タクローが肩を竦める。
「まぁでも助かった」
「当然だ。我らエストファミリアだからな」
「それ、一番信用できないけどな」
いつも通りの軽口。
いつも通りのやり取り。
その声を聞いた瞬間だった。
「……お兄ちゃん」
月菜の身体から、一気に力が抜けた。
ぽろり、と涙が零れる。
一粒。
二粒。
気付けば止まらなくなっていた。
「怖かった……」
震えた声。
「本当に……怖かったよぉ……」
その瞬間。
タクローは何も言わず、そっと妹の頭へ手を置いた。
大きな手だった。
子どもの頃、泣くたびに何度も撫でてくれた手。
優しく、ゆっくりと髪を撫でる。
「悪い」
短い謝罪。
「迎えに来るの、遅くなった」
その一言だけで十分だった。
「うぅ……お兄ちゃぁぁん……!」
月菜は堪えていた涙を一気に溢れさせ、兄へしがみつく。
タクローは何も言わない。
ただ静かに妹の頭を撫で続けた。
白い吐息が夜空へ溶けていく。
見上げた空からは、いつの間にか小さな雪が舞い始めていた。
「……やっぱり」
タクローが小さく呟く。
「隠し通すのは、無理だったか」
「うむ」
ユウゲンが腕を組み、大きく頷く。
「積もる話は山ほどある」
口元に笑みを浮かべながら、四人を見渡した。
「ここは、我らエストファミリアのアジトへ招待しようではないか」




