36話 不穏⑪
「何だ、月菜?」
月菜の心配を他所にタクローはあっけらかんとした表情で振り返った。
『な……何…っ!?』
その一方で男が振り下ろした日本刀を指で掴んでいたのである。
「えっ……えっ…?」
「あんまこの時間に大声を出さない方がいいぞ。近所迷惑だ」
『くそっ…離せ……』
目の前で起きている事を把握しきれていない月菜。
大声を出した月菜を注意するタクロー。
タクローに自身の日本刀を指で掴まれジタバタする敵A。
まさに三者三様である。
「あー、離してやるよ。ただな……」
刀を離すも次は男の顔を掴んだ。
『ぎ、ぎゃあああっ!!!』
「俺の妹に手を出してただで済むと思うなよ?」
『き、貴様っ!!』
もう一人の男がタクロー目掛けて刀をふりおろした。
「だから危ないって言ってるだろ」
タクローは反対の手を使い何かを投げつけた。
『ぐはっ!!』
男の額には五円玉がめり込んでいた。
「よかったな。ご縁があるみたいだぞ」
「お、お兄ちゃん……」
月菜としては、どこから突っ込めばいいのか分からなかった。
お兄ちゃんが敵の刀を指で止めて、アイアンクローを食らわせている。
五円玉を投げたら敵が吹き飛んだ。
しかも本人は、夕飯のシチューを気にしている。
「え、えっと……夢?」
思わず自分の頬をつねる。
痛い。
つまり現実だ。
「……どういうこと?」
頭が完全に追いつかない。
その時だった。
どこからともなく、陽気な歌声が聞こえてきた。
「♪We wish you a Merry Christmas~♪」
この場に似つかわしくない、妙に上機嫌な男の声。
「♪We wish you a Merry Christmas~♪」
しかも近づいてくる。
『……え?』
敵の破魔士たちも思わず周囲を見回した。
そして―――
「♪And a Happy New Year~♪」
ドゴォォォォォンッ!!
爆炎が夜空へ噴き上がった。
『なっ!?』
黒衣の男たちが一斉に吹き飛ぶ。
電柱の影。
塀の上。
屋根の上。
そこに潜んでいた破魔士たちが、まとめて爆煙へ飲み込まれた。
「メリークリスマァァァァァスッ!!」
煙の中から飛び出してきたのは、サンタ帽を被ったショージだった。
両手には大量の爆弾。
しかも何故か赤いサンタマントまで羽織っている。
「リア充には爆発を! 悪党にはもっと爆発を! これぞクリスマスの平等精神だぁぁぁ!!」
「お前サンタの解釈どうなってんだよ!」
タクローが即座にツッコむ。
「プレゼントを配ってるだけだ!」
「迷惑なプレゼントだよ!」
ショージは高笑いしながら、次々と爆弾を放り投げる。
「♪Good tidings we bring to you and your kin~♪」
ポイッ。
ドカァァァン!!
「♪Good tidings for Christmas~♪」
ポイッ。
ドゴォォォン!!
「歌いながら爆破するな!」
「クリスマスは賑やかな方がいいだろ!」
「方向性がおかしいんだよ!」
辺りはすでに爆煙だらけである。
月菜はぽかんと口を開けたまま、その光景を見つめていた。
「……な、何これ」
「いつものことだ」
タクローが真顔で答える。
「いつもなの!?」
その時。
パンッ!
乾いた銃声が夜へ響いた。
『ぐあっ!』
屋根の上にいた破魔士の一人が肩を撃ち抜かれ、そのまま転落する。
「狙撃成功」
街灯の向こう。
白い息を吐きながらライフルを構えるミアが、小さくため息をついた。
「ショージ、少しは周りを見なさい。危うく巻き込まれるところだったわ」
「細かいこと気にすんな!」
「気にするわよ!」
パンッ!
再び銃声。
別の破魔士の刀が撃ち抜かれ、くるくる回りながら地面へ突き刺さる。
「武器破壊完了」
その精密射撃に、敵たちの表情が初めて揺らいだ。
『狙撃手だと……!?』
「ミアは相変わらず上手いな」
「当たり前よ」
ライフルを肩へ担ぎ直す。
「私は爆弾魔と違って、ちゃんと狙って撃ってるもの」
「誰が爆弾魔だ!」
「あなた以外に誰がいるのよ!」
そのやり取りの最中だった。
ズゥゥゥン……
地面が震えた。
「な、何……?」
月菜が振り返る。
そこには、両手を後ろへ組み、悠然と歩いてくるユウゲンの姿があった。
「諸君」
静かな声。
「随分と好き勝手やってくれたようだな」
敵の隊長格の男が眉をひそめる。
『貴様らは何者だ?』
ユウゲンは不敵に笑った。
「我らは――」
ゆっくりと右手を掲げる。
「【エストファミリア】」
その瞬間だった。
敵たちの表情が一変する。
『なっ……!?』
『馬鹿な……!』
『エストファミリアだと!?』
明らかな動揺。
それを見たユウゲンは、愉快そうに口角を吊り上げた。
「偽物が本物を騙るとは……実に不愉快だ」
ユウゲンは目を細める。
そして、この場の空気が変わる。
今まで余裕だった敵たちが、一斉に構えを取り直した。
月菜はそのやり取りを見て、さらに混乱する。
「え……?」
頭が追いつかない。
「エストファミリアって……」
オカ研の人たちが?
というか、お兄ちゃんが?
じゃあ、さっきの人たちは?
どっちが本物なの?
「お、お兄ちゃん……」
恐る恐る尋ねる。
「何?」
「もしかして……」
タクローは買い物袋を拾い上げ、当たり前のように答えた。
「ああ」
「俺たちがエストファミリアらしいぞ?」
「………………え?」
思考停止。
完全に停止。
月菜の脳内で何かが音を立てて崩れ落ちた。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」
冬の住宅街に、月菜の絶叫がどこまでも響き渡った。




