表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
12月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

255/261

36話 不穏⑩








「……え……」


 月菜の思考が止まる。


「え……?」


 理解が追いつかない。


 どうして。


 どうして、お兄ちゃんがここにいるの?


 ここは戦場だ。


 武器を持った破魔士が何人もいて、陽菜もエヴァも倒れている。


 普通の人が来ちゃいけない場所だ。


「お、お兄ちゃん……?」


 震える声で名前を呼ぶ。


「ん? なんだ月菜?」


 ゆっくりと月菜に近づいていつも通りの口調で返答した。


「……どうした、その格好」


 月菜の目から、一気に涙が溢れる。


「な、なんで……」


 違う。


 そんなことを聞いている場合じゃない。


「お兄ちゃん!」


 悲鳴のような声が響く。


「来ちゃダメぇぇぇぇっ!!」


 破魔士の男たちが刀を構え直す。


 月菜の顔から血の気が引いた。


「逃げて!!」


 必死に叫ぶ。


「お願いだから逃げてっ!! この人たち強いの! お兄ちゃんじゃ勝てないから!!」


 涙で視界が滲む。


 こんなの嫌だ。


 自分のせいで、お兄ちゃんまで巻き込まれるなんて。


 それだけは絶対に嫌だった。


 しかし。


 タクローは困ったように頭を掻くだけだった。


「いや、逃げろって言われてもなぁ……」


 手に持っている買い物袋を見下ろす。


「シチューの材料、結構重いんだけど」


「そうじゃなくてぇぇぇっ!!」


 月菜の悲鳴が冬の住宅街に響く。


 涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、月菜は必死に手を伸ばした。


「お願いだから逃げて! 本当に危ないの! お兄ちゃんには勝てない相手なんだから!」


 だが、タクローは首を傾げるだけだった。


「んー……」


 買い物袋を見下ろし、中身を一つずつ確認する。


「牛乳よし。じゃがいもよし。にんじんもある。シチューのルーも割れてなさそうだな」


「お兄ちゃん!!」


 月菜は思わず叫ぶ。


「そんなこと確認してる場合じゃないよ!」


「いや、割れてたら結構ショックだからさ」


「そういう問題じゃないの!」


 目の前には刀を持った男たち。


 陽菜もエヴァも倒れている。


 そんな状況で夕飯の心配をする兄が、月菜には理解できなかった。


 すると二人の男が一歩前へ出る。


『一般人』


 低く、冷たい声だった。


『最後に警告する』


 刀の切っ先が、静かにタクローへ向く。


『そこを退け』


 タクローはようやく男へ視線を向けた。


「ああ、俺?」


『そうだ』


「なんで?」


『任務の邪魔だからだ』


「任務?」


 タクローは首を傾げる。


「女子学生相手に集団で刀振り回すのが?」


 その一言で、男の眉が僅かに動いた。


『……貴様には関係ない』


「いや、あるだろ」


 タクローは小さくため息を吐く。


「その子、俺の妹なんだけど。後、妹の友人と同級生だ」


 月菜はハッと顔を上げる。


 その声は、いつも通りだった。


 朝起こしてくれる時と同じ。


 ご飯を作ってくれる時と同じ。


 怒っているようには見えない。


 けれど。


 どこか、冷たい。


「お兄ちゃん……」


 陽菜も、薄く目を開けた。


「……タク、ローさん……」


 霞む視界の中で、立っている背中だけが見える。


 逃げて!!


 そう言いたいのに、声が出ない。


 エヴァもまた、浅い呼吸を繰り返しながら、その様子を見つめていた。


(どうして……)


 彼は一般人のはず。


 魔力もない。


 霊力も感じない。


 なのに。


(どうして……動じないのですか)


 普通なら足が震える。


 刀を向けられれば逃げ出す。


 それが当然だ。


 しかしタクローには、それが全くない。


 男が静かに刀を構え直した。


『三秒やる』


「……」


『消えろ』


 住宅街へ冷たい風が吹き抜ける。


 その風で、スーパーの袋が小さく揺れた。


 タクローは困ったように頬を掻く。


「参ったなぁ」


 ぽつりと漏らす。


「急いで帰ってシチュー作ろうと思ってたんだけど」


『聞こえなかったか』


「聞こえたよ」


 タクローは頷く。


「でもさ」


 視線だけを男へ向ける。


「人ん家の妹泣かせておいて、『どけ』はないんじゃないか?」


 その場の空気が、僅かに張り詰めた。


 男は無言。


 タクローも無言。


 ただ互いを見つめる。


 数秒にも満たない沈黙。


 だが月菜には、それが何分にも感じられた。


『……一般人』


 男が静かに口を開く。


『命が惜しくないらしいな』


「惜しいぞ」


 タクローは即答した。


「だから早く帰って、シチューを作りたいんだよ。今日は寒いし」


『ならば退け』


「断る」


 その返答も、あまりに軽かった。


 男の瞳から感情が消える。


『ならば斬る』


 霊力が膨れ上がる。


 淡い白い光が刀身を包み込み、空気が震えた。


 月菜の顔色が変わる。


「だ、ダメぇぇぇぇっ!!」


 叫ぶ。


「お願いだから逃げてぇぇぇっ!!」


 だが、タクローは振り返らなかった。


 月菜へ背中を向けたまま、小さく笑う。


「そんなに心配すんな」


「でも!」


「月菜」


 その一言だけで、月菜は息を呑んだ。


「スーパーの袋、預かっててくれ」


「……え?」


 タクローは何でもないことのように袋を持ち上げ、月菜の足元へそっと置く。


「卵入ってるから落とすなよ」


「お、お兄ちゃん……?」


「あと、長ネギ踏むなよ」


「そ、そうじゃなくて!」


 訳が分からない。


 どうしてこんな状況で、そんな話ができるのか。


 隊長格の男もまた、琢郎から目を離さなかった。


 この少年は何だ。


 霊力は感じない。


 魔力もない。


 なのに。


 目の前に立たれているだけで、胸の奥に言いようのない違和感が広がっていく。


 本能が、小さく警鐘を鳴らしていた。


『……斬れ』


 隊長格が短く命じる。


『その一般人から始末しろ』


『はっ!』


 返事と同時に、一人の破魔士が《霊式》を纏って地面を蹴った。


 爆発的な脚力。


 一瞬で間合いを詰め、日本刀が夕闇を切り裂く。


「お兄ちゃぁぁぁんっ!!」


 月菜の絶叫が、住宅街に響き渡った。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ