表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
12月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

254/263

36話 不穏⑨







 エヴァは動かない。


 ガードレールへもたれ掛かるように倒れ込み、その手から滑り落ちた魔術カードが、乾いた音を立ててアスファルトへ散らばっていた。


「……エヴァ、さん」


 震える声で呼び掛ける。


 返事はない。


 苦しそうに肩を上下させるだけで、立ち上がる気配すらなかった。


 陽菜もまた、道路へ膝をついたまま剣を杖代わりに身体を支えている。


 肩で荒く息をつき、霊式を纏った破魔士たちを鋭く睨み返していた。


 だが、その腕は小刻みに震えている。


 もう限界なのは誰の目にも明らかだった。


「……月菜」


 陽菜が小さく呟く。


「逃げて」


「……っ」


「私たちは……もう……」


 最後まで言葉は続かなかった。


 それでも、陽菜が何を言おうとしているのかくらい、月菜には分かる。


 だからこそ。


 月菜はゆっくりと首を横に振った。


「嫌だよ……」


 震える声。


 それでも、その瞳だけは決して逸らさない。


「二人を置いて逃げるなんて……そんなこと、できるわけないじゃん……!」


 そんなことをしたら、一生後悔する。


 お兄ちゃんなら、きっと同じことをする。


 だから――。


「……まだ、私は戦える」


 ふらつく身体へ無理やり力を込める。


 杖を握る手は痺れ、感覚はほとんど残っていない。


 魔装もあちこちが破損し、肩や腕、太腿から覗く素肌には無数の擦り傷と切り傷が刻まれていた。


 《ルナ・コア》の輝きも弱々しく明滅を繰り返している。


 それでもーー


「《ムーン・ショット》っ!」


 杖の先から放たれた光弾が一直線に隊長格へ襲い掛かる。


 夜の住宅街を白銀の閃光が貫く。


 ――しかし。


「遅い」


 隊長格は表情一つ変えない。


 ただ刀を横へ払う。


 ギィィンッ!!


 甲高い金属音。


 光弾はあっさりと両断され、無数の光粒となって霧散した。


「そんな……!」


 月菜の瞳が揺れる。


 ならば。


「《ルナ・シャイン》っ!」


 杖を振り上げる。


 無数の光弾が夜空を埋め尽くし、流星群のように降り注いだ。


 一本一本が木々を抉り、アスファルトを砕く威力を持つ光の雨。


 普通の相手なら、逃げることすらできない。


 ーーーだが。


『《霊式》』


 黒衣の破魔士たちが一斉に霊力を解放した。


 淡い白光が全身を包み込み、その身体能力を爆発的に引き上げる。


 一人は刀で光を斬り払う。


 一人は霊力を拳へ集め、真正面から光弾を打ち砕く。


 さらに別の者は、光と光の僅かな隙間を縫うように駆け抜けていく。


「速っ……!」


 視界から消える。


 一人。


 二人。


 三人。


 次の瞬間には、もう居場所が分からない。


「右っ!」


 陽菜の叫びが飛ぶ。


 反射的に身体を捻る。


 ヒュンッ!


 頬を日本刀が掠め、数本の髪が宙へ舞った。


「きゃっ!」


 避けた。


 そう思った瞬間だった。


 背後から別の気配。


「しまっ――」


 ドゴォッ!!


「きゃあああっ!!」


 拳が腹部へ深々とめり込む。


 息が止まる。


 肺の空気が一瞬で押し出され、身体が軽々と吹き飛ばされた。


 何度も何度も地面を転がり、植え込みへ突っ込んでようやく止まる。


「がっ……はっ……!」


 呼吸ができない。


 全身が痛い。


 腕も足も、自分のものじゃないみたいに重かった。


 それでも。


「……まだ」


 杖を支えに立ち上がる。


 足が震える。


 膝が笑う。


 視界も滲んでいた。


 それでも前だけを見る。


 その姿を見つめ、隊長格の男は初めて僅かに目を細めた。


『……大した精神力だ』


 感情のない声。


 だが、その一言には確かな賞賛が込められていた。


『その年齢でここまで立ち向かう者はそうはいない』


 ゆっくりと刀を構える。


『見事だ』


 切っ先が月菜へ向けられる。


『その覚悟に敬意を表し、一太刀で終わらせてやろう』


 月菜は震える手で杖を握り締めた。


 もう、打つ手がない。


 勝てない。


 そんなことくらい、自分が一番分かっている。


 それでも。


「私は……!」


 後ろには陽菜がいる。


 エヴァもいる。


 二人だけは守りたい。


 たとえ、この命と引き換えになっても。


 月菜は小さく息を吸った。


 怖い。


 身体が震える。


 涙が零れそうになる。


 それでも、決して目は逸らさなかった。


(お兄ちゃん……)


 ごめんね。


 約束、守れなかった。


 今日は、一緒にシチュー食べようって言ってたのに。


 お兄ちゃんの作るご飯、もっと食べたかったな。


 そんなことを考えてしまう。


 隊長格が静かに踏み込む。


 ゆっくりと刀が振り上げられた。


 その一撃で終わる。


 月菜は静かに目を閉じ――


「……あれ?」


 場違いなほど呑気な声が、静まり返った住宅街に響いた。


「こんな所で何やってんだ、月菜」


「…………え?」


 聞き間違えるはずがない。


 毎朝、自分を起こしてくれる声。


 「飯できたぞ」と笑う声。


 疲れて帰ってきた自分を、何気なく迎えてくれる優しい声。


 月菜はゆっくりと顔を上げた。


 街灯の灯りに照らされた歩道。


 スーパーのレジ袋を片手に提げ、長ネギを袋から覗かせながら、のんびりと歩いてくる一人の少年。


 制服姿のその背中は、どこにでもいる普通の高校生にしか見えない。


 だからこそ、月菜は信じられなかった。


「……お、お兄ちゃん?」


 震える声が零れる。


 そこにいたのは間違いなく、京田琢郎だった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ