36話 不穏⑧
男たちが再び包囲を狭める。
足音一つ立てず、円を描くように三人との距離を詰めていく。
逃げ場はない。
「月菜」
陽菜が短く呼ぶ。
「私の後ろ」
「でも――」
「いいから」
有無を言わせない声だった。
その隣へ、エヴァも静かに歩み出る。
「月菜ちゃん。あなたは援護に徹してください」
「エヴァさん……」
「この相手は、あなた一人で受け止められる相手ではありません」
エヴァは数枚のカードを指先へ挟み込む。
いつもの穏やかな笑みは消え、魔術士としての鋭い眼差しだけがそこにあった。
「私たちが時間を稼ぎます」
「……うん」
月菜は悔しそうに唇を噛み締める。
自分が一番足手まといだということは、誰よりも分かっていた。
「行くぞ」
隊長格の男が静かに告げる。
その瞬間――。
ドンッ!!
六人の破魔士が同時に地面を蹴った。
「速い!」
エヴァは即座にカードを放つ。
「《プリズム・ウォール》!」
幾重もの水晶障壁が三人の前へ展開される。
しかし――。
ズガァァンッ!!
霊式を纏った男たちの拳が、障壁を真正面から粉砕した。
「なっ……!」
『魔術は形ある力』
隊長が淡々と言う。
『ならば、砕けば終わる』
刀が一閃。
鋭い斬撃が一直線に走る。
エヴァは障壁を重ねる。
「《アイス・シールド》!」
パリンッ!!
二枚。
三枚。
四枚。
次々と氷の盾が砕け散る。
「ぐっ……!」
衝撃がエヴァの身体を吹き飛ばした。
「エヴァさん!」
月菜が叫ぶ。
しかしエヴァはすぐに体制を立て直し、カードを構える。
「まだ終わりません!」
カードが一斉に舞う。
「《プリズム・レイン》!」
無数の水晶槍が空を埋め尽くし、雨のように降り注いだ。
だが、破魔士たちは散開する。
最小限の動きだけで槍を躱し、中には刀で叩き落とす者までいた。
「……!」
エヴァの表情が険しくなる。
これほど魔術への対処に慣れた相手など、学院でも滅多にいない。
「月菜!」
陽菜が叫ぶ。
一人の破魔士が月菜へ向かって一直線に踏み込んでいた。
「させない!」
陽菜が割って入り、炎を纏った剣を振るう。
「《サンバースト・スラッシュ》!」
ギィィンッ!!
火花が散る。
刀と炎剣が激しくぶつかり合う。
陽菜は一歩も引かない。
いや、引けない。
月菜を守るために。
『悪くない』
男は淡々と呟く。
『だが浅い』
霊式がさらに高まる。
刀へ流れ込む霊力が白く輝いた。
「っ!」
押し負ける。
炎剣ごと身体が弾き飛ばされる。
それでも陽菜は踏み込んだ。
「まだ!」
至近距離から炎弾を放つ。
轟ッ!!
爆炎が男を飲み込む。
「やった!」
月菜が声を上げる。
しかし。
煙の中から男が静かに歩いてきた。
外套が少し焦げているだけ。
『……この程度か』
次の瞬間。
ドゴォッ!!
「がっ……!」
霊式で強化された拳が陽菜の腹部へ突き刺さる。
息が止まる。
そのまま刀の柄で脇腹を打ち抜かれ、鈍い音が響き、陽菜の身体が道路を転がる。
「陽菜っ!!」
月菜が駆け寄ろうとした。
しかし。
『余所見をするな』
背後。
隊長がすでに間合いへ入っていた。
「しまっ――」
ガキィィン!!
寸前。
エヴァが割って入り、魔法障壁で刀を受け止める。
「月菜ちゃん!」
「エヴァさん!」
「下がって!」
カードを一気に五枚放つ。
「《プリズム・バースト》!」
眩い閃光が辺り一帯を包み込む。
爆風が木々を揺らし、道路へ砂埃が舞い上がる。
「今です!」
「うん!」
月菜が駆け出した、その瞬間。
『悪くない判断だ』
煙の中から、隊長格の低い声が響く。
『だが、遅い』
「えっ……!」
いつの間に。
隊長格はエヴァの懐へ入り込んでいた。
刀ではなく霊式を纏った拳。
ドゴォォォッ!!
「かはっ……!」
鈍い衝撃音。
エヴァの身体が宙を舞う。
街路樹へ激突し、そのまま力なく地面へ崩れ落ちた。
カードが冬空へ舞い散る。
「エヴァさん!!」
返事はない。
陽菜も剣を支えに立ち上がろうとするが、膝が震え、そのまま片膝をつく。
「……月菜」
掠れた声。
「逃げ……て」
「嫌だよ!」
月菜は震える手で杖を握り締めた。
目の前には倒れた陽菜。
そして、動かないエヴァ。
破魔士たちは静かに包囲を狭めていく。
隊長が刀を構えた。
「これで終わりだ」
月菜は歯を食いしばる。
逃げられない。
逃げない。
ここで倒れたら、二人が命を懸けて守ってくれた意味がなくなる。
「はぁ……はぁ……っ!」
月菜は荒い息を吐きながら杖を構える。
目の前には、倒れている陽菜とエヴァの姿。
震える足を必死に踏み締め、それでも彼女だけは立っていた。
『くっくっく……』
隊長の口元が歪む。
『魔術士たちには、死を与えてやろう』
冬の夕暮れ。
絶望だけが、その場を静かに支配していた。




