36話 不穏⑦
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一時間ほど前――。
「うーん、一週間ぐらい経ったけど、何も音沙汰がないね」
十二月の夕暮れ。
放課後の校門を出た月菜は、大きく息を吐きながら冬空を見上げた。
エルンストが学院へ帰ってから、早くも一週間。
あれほど「何かが起きる」と警戒していたにもかかわらず、学園は驚くほど平穏だった。
授業を受けて。
友達と笑って。
部活動をして。
家へ帰る。
そんな当たり前の日常が続いている。
もちろん、朝の地獄のような特訓だけは例外だったが。
「油断大敵」
隣を歩く陽菜が、短く言う。
「いつ、いかなる時も注意は怠っちゃダメ」
「陽菜ちゃんの言う通りです」
その横でエヴァも静かに頷いた。
「敵が動かないのではなく、動く時を待っているだけ……その可能性も十分あります」
「うぅ……」
月菜は苦笑する。
「そう言われると全然安心できないよ」
「安心していい状況ではありません」
エヴァはいつになく真剣な表情だった。
「理事長が学院へ戻られた今、この街には以前ほどの抑止力がありません。もし相手がこちらの動向を探っていたのなら……今こそ動く可能性があります」
「考えすぎならいいんだけどね」
月菜はマフラーを少し締め直す。
吐く息は白く、街路樹はすっかり冬の装いだ。
「今日はお兄ちゃんがシチュー作るって言ってたから、早く帰りたいなぁ」
「……タクローさんの料理」
陽菜がぽつりと呟く。
「美味しそう」
「でしょ!」
月菜はぱっと笑顔になる。
「お兄ちゃん、本当に料理上手なんだよ! シチューもカレーもハンバーグも、お店より美味しいの!」
「……ブラコン」
「ち、違うよ!」
「否定になってない」
「だって本当なんだもん!」
思わず三人の間に小さな笑いが生まれる。
ほんの少しだけ、張り詰めていた空気が和らいだ。
――その時だった。
ピタリ。
陽菜が足を止めた。
「月菜」
「え?」
「止まって」
その声色だけで、月菜の笑顔が消える。
エヴァも同時に歩みを止め、静かに周囲へ視線を巡らせた。
風が止んでいる。
さっきまで聞こえていた車の走行音も、人々の話し声も、どこか遠い。
住宅街全体が、異様な静寂に包まれていた。
「……いますね」
エヴァが小さく呟く。
その瞳が細められる。
「姿を見せてください」
返事はない。
だが。
カツン。
乾いた靴音が、路地裏から響いた。
一人。
また一人。
さらに電柱の陰、屋根の上、公園の入り口。
黒い外套を纏った人影が、静かに姿を現していく。
「……!」
月菜は思わず息を呑んだ。
全員が刀を帯びている。
しかも、その立ち姿には一切の隙がない。
ニブラではない。
歴戦の戦士だけが放つ、本物の殺気だった。
「……破魔士」
陽菜が低く呟く。
先頭に立つ男が静かに頷く。
「察しがいいな」
年齢は三十代ほど。
黒い外套の下には和装に似た戦闘服。
腰には一本の日本刀。
その眼差しには感情らしい感情が存在しない。
「我らは【エストファミリア】」
男はゆっくりと三人を見渡す。
「魔を狩り、災厄を断つ者たちだ」
その一言だけで空気が変わる。
月菜の胸元で《ルナ・コア》が熱を帯びた。
「エテルナ魔法学院所属の魔術士エヴァンジェ・ソト」
男が正確に名を告げる。
「京田月菜」
続いて月菜。
「桑原陽菜」
最後に陽菜。
三人とも名前を知られている。
月菜の背筋を冷たいものが走った。
「どうして……」
「調査は済んでいる」
男は淡々と答える。
「貴様らは監視対象だ」
エヴァが一歩前へ出る。
「監視対象……それで、この人数ですか」
「抵抗される可能性が高いのでな」
男は腰の刀に手を添えた。
「こちらも万全を期しただけだ」
「何が目的です?」
エヴァの問いに、男は一瞬だけ空を見上げた。
やがて視線を戻し、静かに告げる。
「【星核リリック】の回収。そして、魔術士の殲滅」
その言葉に、月菜と陽菜の表情が凍りつく。
「星核は世界の均衡を乱しかねない危険物だ」
男の声には怒りも憎しみもない。
ただ使命を遂行する者だけが持つ冷たさがあった。
「そして、魔術士も我々に仇する存在」
男はゆっくりと刀を抜く。
澄んだ金属音が、冬の夕暮れに響いた。
「それ故にーー」
切っ先が三人へ向けられる。
「貴様たちはあの世に逝け…」
その瞬間。
エヴァがカードを取り出し、月菜と陽菜は星核リリックを握りしめた。
「「《シャイニー・オン》っ!!」」
「セット……」
三人は魔装を身に纏った。




