36話 不穏⑥
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十二月も半ばを過ぎ、紫苑学園の校舎にはクリスマスソングが流れていた。
中庭ではイルミネーションの飾り付けが進み、生徒たちは「イブはどうする?」「プレゼントもう買った?」なんて浮かれた話ばかりしている。
……そんな幸せそうな空気を、全力で敵視している男が一人いた。
「タクローっ! 今年のクリスマスは――サタン降臨祭を開催するぞぉぉぉっ!!」
放課後のオカルト研究部。
ショージが勢いよく机を叩き、ビシッと人差し指を天井へ突き上げた。
「却下」
「まだ説明もしてねぇ!」
「聞かなくても分かる。ろくでもない」
「ぐっ……!」
ショージは胸を押さえ、大袈裟によろめいた。
「世間はクリスマス一色だ! どこを見てもカップル! イルミネーション! ケーキ! プレゼント! リア充! リア充! リア充!」
「最後ただの恨みじゃねぇか」
「だから俺たちはサタンを召喚し、リア充どもに天罰を与える!」
「悪魔が一番迷惑するわ」
俺が呆れていると、それまで部屋の隅で古びた古書を読んでいたユウゲンが、静かに本を閉じた。
「……ほう」
瞳が怪しく光る。
「サタン降臨祭、か」
嫌な予感しかしない。
「面白い」
ほら来た。
ユウゲンはゆっくり立ち上がると、腕を組んで不敵に笑った。
「ショージ。その発想、嫌いではない」
「おぉっ! さすがユウゲン!」
「だが」
人差し指を立てる。
「サタンは魔界最上位に君臨する存在。呼び出すには、それ相応の儀式が必要となる」
「さすが詳しい!」
「当然だ。このアズマに知らぬオカルトなど存在しない」
どや顔で言い切った。
こいつ、本当にこういう話になると目が輝くんだよな。
「まず必要なのは召喚陣」
ユウゲンはホワイトボードへ歩くと、迷いなく禍々しい魔法陣を書き始める。
円の中に五芒星。
さらに読めない文字。
いや、お前それどこで覚えた。
「以前ベルゼブブ召喚用に設計した術式を改良すれば十分だろう」
「前科あるの!?」
「安心しろ」
「安心できる要素が一つもねぇよ!」
ショージは完全に目を輝かせていた。
「さすがユウゲン!」
「ふふふ」
ユウゲンは不敵な笑みを浮かべる。
「このアズマに不可能はない」
「いや、あってくれ」
「続いて必要なのは供物」
「供物!」
「コンソメ味のポテチじゃダメか?」
ショージが食べかけの袋を差し出す。
ユウゲンは真顔で首を横に振った。
「甘い」
「なにっ!」
「コンソメではサタンは動かん」
「じゃあ、のり塩!」
「惜しい」
「うすしお!」
「論外だ」
「ポテチ前提なんだな」
俺が突っ込むと、ユウゲンは腕を組んだ。
「最低でも高級チョコレートだ」
「クリスマスプレゼントじゃねぇか!」
「悪魔も甘味は好む」
「どこの情報だよ!」
部室はもう収拾がつかない。
「タクロー」
「嫌な予感しかしない」
「お前には重大な任務を任せる」
「断る」
「まだ言っておらん」
「どうせろくでもない」
「召喚儀式の雰囲気作りだ」
「……具体的には?」
「重厚なパイプオルガン」
「BGM係かよ」
「悪魔召喚に音楽は不可欠だ」
「スマホで十分だろ」
「頼んだぞ」
無駄に真剣な顔で肩を叩かれた。
拒否しても無駄そうなので、俺は仕方なくスマホを取り出す。
「はいはい……」
検索。
【悪魔召喚 BGM】
一発で出てきた。
「便利な世の中になったもんだな」
Bluetoothスピーカーへ接続。
次の瞬間。
♪~~~~……
重厚なパイプオルガンの音色が部室へ響き渡る。
「おぉぉぉっ!」
ショージが立ち上がる。
「雰囲気ある!」
「素晴らしい」
ユウゲンも満足そうだ。
「では始める」
ホワイトボードの前へ立つ。
黒マントを羽織ったショージ。
魔導書を掲げるユウゲン。
スマホを持った俺。
……何なんだこの集団。
「闇より出でし魔王よ!」
ショージが叫ぶ。
「我ら非リア充の願いを聞き届けたまえ!」
「孤独なる魂に祝福を!」
ユウゲンが続く。
「リア充どもへ等しき絶望を!」
「いや絶望いらねぇから!」
俺のツッコミは完全に無視された。
パイプオルガンは最高潮。
ショージは謎の踊りを踊り始める。
ユウゲンは魔導書を高々と掲げる。
「来たれ、サタン!」
「来たれぇぇぇ!!」
その瞬間だった。
ガラッ!!
勢いよく部室の扉が開く。
「アンタたち!!」
仁王立ちしていたのはミアだった。
腕を組み、鬼のような形相でこちらを睨んでいる。
「廊下まで変な音楽が丸聞こえなんだけど!? 一体何してるのよ!!」
一瞬で静まり返る部室。
ショージは踊った姿勢のまま停止。
ユウゲンは魔導書を掲げたまま停止。
俺はスマホを持ったまま停止。
「……」
「……」
「……あ、サタンが来た」
ショージが呟く。
「誰がサタンよっ!!」
ミアの怒号が部室中へ響いた。
「ただでさえ、うちの部はいろんな各所から目をつけられているんだから、ちょっとは自重しない!!」
「くっ……!」
ショージが拳を握る。
「まさかサタンが俺の邪魔を……!」
「想定内だ」
ユウゲンが冷静に頷く。
「撤収しよう」
「想定してたなら最初からやるな!!」
俺の叫びが響く中、二人は何事もなかったように片付けを始める。
ミアがため息を吐く。
「笑い事じゃないのよ」
「?」
「ここ数日、この辺で不審者の目撃情報が増えてるの」
ショージが肩をすくめる。
「どうせ変質者だろ?」
「そうなら良かったんだけどね」
「まぁな」
月菜は今日は部活が休みだから暗くなる前には帰っているから大丈夫だとは思う。
……トラブルに巻き込まれてなければ。
「では、我らも下校がてらその不審者とやらを懲らしめてやろうぞ」
「いや、それは警察の役目だろ」
「あー、それが美少女だったらありだな。色々と」
「いいから帰るわよ。今日は見たいドラマがあるんだから」
こうして俺たちは部室を後にした。
…………不審者、ね。
「はぁ……はぁ……っ」
荒い息だけが、静まり返った空間に響く。
月菜の手は小刻みに震え、視界は滲んでいた。
その足元には――。
倒れ伏す陽菜とエヴァの姿。
「そんな……嘘……」
月菜は息を呑む。
信じたくない。
けれど、目の前の現実だけは残酷なほど鮮明だった。
『くっくっく……』
低く、耳障りな笑い声が響く。
『魔術士たちには、死を与えてやろう』
月菜は反射的に杖を握り締めた。
その声の主を睨みつける。
――そして、絶望は静かに幕を開けた。




