36話 不穏④
陽菜の冷静な一言に、部室はどっと笑いに包まれた。
「えぇ~!? 食べる係だって立派な役割じゃん!」
「役割ではある。でも、料理担当ではない」
「ぐぬぬ……」
星菜は悔しそうに唇を尖らせる。
「じゃあ、配膳!」
「それなら任せられる」
「やった!」
「……褒めてない」
相変わらず息の合った二人のやり取りに、月菜はくすくすと笑った。
「でも、みんなで料理するのって楽しそう!」
「はい」
エヴァは嬉しそうに頷く。
「北欧でも、クリスマスは家族や仲間と料理を囲む大切な日です。国は違っても、温かい食卓を囲むという文化は同じなのですね」
「エヴァさんの国では、どんな料理を食べるの?」
「ローストした肉料理や魚料理ですね。あとは香辛料を使った焼き菓子も定番です」
「へぇ~!」
月菜は目を輝かせる。
「食べてみたい!」
「機会があれば作りますよ」
「本当!?」
「ええ」
エヴァは微笑んだ。
その笑顔は、普段の教師としての顔ではなく、一人の少女らしい柔らかい表情だった。
「じゃあ私は日本代表!」
月菜が勢いよく手を挙げる。
「お兄ちゃんに教えてもらって、オムライス作る!」
「クリスマスにオムライス?」
星菜が首を傾げる。
「お兄ちゃんのオムライス、すっごく美味しいんだよ!」
「そんなに?」
「うん!」
月菜は胸を張る。
「お店より美味しいもん!」
「相変わらずタク先輩好きだねぇ」
「えへへ……」
照れ笑いを浮かべる月菜。
その様子を見ていた陽菜は、小さく息をついた。
「……ブラコン」
「陽菜っ!?」
「否定できる?」
「うっ……」
月菜が言葉に詰まる。
その反応だけで答えは十分だった。
星菜は腹を抱えて笑い出す。
「あはははっ! 月菜ちゃん分かりやすすぎ!」
「だ、だって……お兄ちゃんだもん!」
「私はクソ兄だけどね」
「星菜ちゃんも十分ブラコンだよ」
月菜が思わず言い返す。
「え?」
星菜が固まった。
「違うし!」
「えー?」
「違う違う!」
「クリスマスケーキ予約してくれたって、さっき嬉しそうに話してたじゃん」
「それはその……」
星菜の顔がみるみる赤く染まっていく。
「兄妹なんだから普通だもん!」
「じゃあ月菜も普通」
「うん!」
「違う!」
星菜は勢いよく立ち上がった。
「月菜ちゃんはレベルが違う!」
「えぇ!?」
「タク先輩の話になると顔がデレデレだし!」
「そんなことないよ!」
「ある!」
「ない!」
二人が言い合っている横で、陽菜は静かに紅茶を飲んでいた。
「……どっちも同じ」
「「違う!」」
見事なまでに声が揃う。
一瞬の静寂。
そして次の瞬間、部室中に笑い声が響いた。
エヴァは肩を震わせながら、小さく笑みを浮かべる。
「皆さん、本当に仲が良いですね」
「そう?」
「はい」
エヴァは優しく頷いた。
「だからこそ、こういう時間は大切にしてください」
その声音は穏やかだった。
けれど、その瞳の奥には、どこか影が差している。
魔人、ニブラ、破魔士。
そして、この国で静かに動き始めている異変。
いつ、この平穏が壊れるか分からない。
だからこそ笑える今を、大切にしてほしい。
「そうだ!」
星菜が突然、何かを思い出したように手を叩いた。
「クリスマスパーティーなら、タク先輩たちも呼ぼうよ!」
「え?」
月菜が目を丸くする。
「オカ研のみんな!」
「ショージさんは騒ぎそうだけど……」
「ユウゲンさんも何か作りそう」
「絶対作るね」
三人の脳裏に、同じ光景が浮かぶ。
――「クリスマスをもっと華やかにする」と称して、意味不明な機械を持ち込むユウゲン。
――「リア充は爆発しろ!」と叫びながらクラッカーではなく爆竹を用意するショージ。
――その後始末に追われるタクロー。
容易に想像できる未来だった。
「……やっぱり呼ばない方が平和かも」
陽菜が真顔で結論を出す。
「いやいや!」
星菜は慌てて首を振る。
「タク先輩は呼ぼうよ! 料理係として!」
「それなら賛成」
陽菜が即答した。
「タク先輩がいれば、少なくとも料理は成功する」
「ショージさんとユウゲンさんは?」
「……検討」
「検討なんだ」
月菜は苦笑しながらも、少しだけ胸が弾んだ。
みんなで過ごすクリスマス。
きっと賑やかで、騒がしくて、少しだけ大変な一日になる。
でも――それも悪くない。
窓の外では、小さな雪が静かに降り始めていた。
今年最初の雪は、少女たちの笑い声を包み込むように、紫苑学園へと優しく降り積もっていくのだった。




