36話 強く⑥
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放課後。
夕食の買い出しへ向かおうと早足で学校を出ようとした冥夜は、校門前で星菜に呼び止められた。
「あたしを鍛えてよ」
「星菜、どうしたんだい? お腹でも空いたのかい?」
「あたしをガキ扱いするな!」
星菜は容赦なく冥夜の脛を蹴った。学園番長の冥夜にこれをするのは、世界広しといえどこの妹だけだろう。
「痛っ……暴力はいけないよ。それに、他の人に見られたら……」
「見られないように蹴ってるから大丈夫」
「……それで、何で僕に鍛えて欲しいの? 一応、母さんたちに戦いの場には出さないって約束しているけど?」
「それはあたしが良いからいいの! 気づいてるでしょ。ここ最近この街に変な奴らが嗅ぎ回ってる事に」
星菜の瞳が鋭く光る。
「そうだね。この感じは魔術師じゃない。破魔士、かな」
「そう。あたしは魔術師になった覚えはないけど、分からずやが多そうだからね」
胸ポケットから【テラ・コア】を出した。
確かに星菜は魔術師を名乗っていないが、星核リリックの所有者であり、側から見れば最高ランクの魔具を使用しているのに魔術師じゃないと言うのは無理がある話である。
「……星菜に手を出したら僕が許さないよ」
無意識に殺気が漏れる。校門付近の空気が重く澱み、下校中の生徒たちが怯えて立ち止まった。
「ちょ、クソ兄! こんな道のど真ん中で殺気を出さないでよ!」
「ごめん。でも、星菜には僕がいるから大丈夫だよ」
抑え込もうとしても、大切な妹が危険に足を踏み入れる事実に、感情が逆流してしまう。
「……あたしは、守られてばかりじゃ嫌なの」
真っ直ぐな視線。そこには、幼い頃の面影はなかった。
冥夜は小さく息を吐き、静かに頷いた。
「魔術の事はあまり知らないから教えられない。けれど、僕にできる限りの戦い方は教えてあげる」
「本当! やった! ちゃんと【異能】の事も教えてよ!」
「……でも、星菜、君には【異能】がない。同じ血を引きながらも、その力は発現しなかった。それがどれほど君を苦しめてきたか、僕は一番近くで見てきたつもりだ。だから、【異能】の使い方を教えるなんて、君を再び地獄に引きずり込むようなものだ」
「……分かってるよ」
星菜は立ち止まり、冥夜を真っ直ぐに見つめた。
「あたしには【異能】は使えないかもしれない。けど、その可能性は捨てたくないの。クソ兄が言いたいことは分かるけど、何事もやってみないと分からないでしょ?」
その瞳の奥には、凄絶なまでの意志があった。
「……そうか。本当に、星菜も変わったね。分かった。異能を使えない君が、どうすればそれを持つ者と対等に渡り合えるかを教えあげる。後、異能についても」
「……ありがとう、お兄ちゃん」
不意に星菜の「お兄ちゃん」発言に思わずニヤけてしまう。
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場所を移し、佐々木家に併設された道場へ。
父から譲り受けた古びた杉の香りが漂う静謐な空間で、二人は向き合う。
「いきなりだけど、まずは実戦形式でいくよ」
「望むところよ!」
冥夜が道場の壁に立てかけられた木剣を二本手に取り、一本を星菜へ放り投げる。
「君は異能を持たない。だからこそ、誰よりも速く、鋭く、相手の懐に飛び込む必要がある。僕を相手に、今の君の実力を見せてごらん」
星菜は深く息を吸い込み、構えを低くした。
教えられた重心移動を意識し、地面を掴む感覚を研ぎ澄ます。
「いくよ、クソ兄!」
星菜が地を蹴った。
踏み込みの速度は先ほどより鋭く、木剣が冥夜の喉元を襲う。
冥夜は最小限の動きでそれを流し、軽く脇腹を打つ。
「甘い。初動で肩に力が入っている」
「っ……!」
打たれた痛みも構わず、星菜は体勢を崩したまま回転し、連撃を放つ。
道場に響くのは、木剣が重なる乾いた音と、星菜の荒い呼吸だけ。
「もっとだ。星菜、君が守りたいと思う気持ちを、その剣に乗せて!」
言葉に呼応するように、星菜の目つきが変わる。
彼女は攻撃を止め、極限まで集中を高めた。
異能がない自分に何ができるのか。
その問いへの答えを、全身全霊の突きに乗せる。
「はあああああッ!」
渾身の突き。冥夜はその威力にわずかに目を見開き、そして微笑んだ。
彼は木剣を合わせず、星菜の剣筋をギリギリで見極めて避ける。風を切り、剣が空を切った。
「……良い踏み込みだ」
冥夜は星菜の肩に手を置く。
「異能を持たずとも、その執念と技術があれば、君は誰よりも強く輝ける」
星菜はその場に崩れ落ちそうになりながらも、力強く頷いた。
「……あたし、負けないから。クソ兄が驚くくらい、強くなってやるんだから」
「ああ、期待しているよ」
道場の窓の外、月が二人を静かに照らしていた。




