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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
11月

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36話 強く⑤







―――――






 ――その頃、中等部。


 昼休みを告げるチャイムが校舎に響き渡ると、授業の空気に包まれていた教室は、一気にいつもの賑やかさを取り戻した。


『月菜ちゃん、お昼どうする?』


「購買のカレーパン、まだ残ってるかな?」


『急がないと売り切れちゃうよ!』


「えっ!? じゃあ急がないと!」


 クラスメイトに手を引かれながら、月菜は楽しそうに笑う。


 朝の過酷な訓練で全身が悲鳴を上げていたことなど、まるで嘘のようだった。


 エルンストが施した治癒魔法は相変わらず規格外で、筋肉痛どころか疲労感まで綺麗に拭い去っている。


(エルンストさん、やっぱりすごいなぁ……)


 思い返すだけで肩がすくむ。


 風の刃が四方八方から襲いかかり、容赦なく押し寄せる重圧。

 陽菜と二人、何度も転びながら必死に食らいついた朝の訓練。


 正直、あと十分続いていたら泣いていたと思う。


 それでも――。


(私たち、ちゃんと強くなってる)


 その手応えだけは、胸の奥で確かな熱となって残っていた。


 教室を出ると、廊下では陽菜が静かに待っていた。


「月菜」


「陽菜!」


「今日は中庭で食べる」


「え? 珍しいね」


「……なんとなく」


 その短い返事だけで、月菜は理由を察した。


 朝、校門で感じたあの視線。


 陽菜はまだ警戒を解いていないのだ。


「うん、そうしよう!」


 二人は購買で運よく焼きたてのパンを手に入れると、そのまま中庭へ向かった。


 冬が近づいているとは思えないほど日差しは暖かく、吹き抜ける風も心地いい。

 芝生では運動部の生徒たちが輪になって昼食を囲み、ベンチでは文化部の生徒たちが談笑している。


 どこにでもある、穏やかな昼休み。


「今日は静かだね」


「そう」


 陽菜は短く返事をしながらも、その視線だけは絶えず周囲へ向けていた。


 訓練を終えた今だからこそ、ほんの僅かな違和感も見逃さない。


「そういえば、お兄ちゃんも今頃お昼かな」


「たぶん」


「またショージさんに変なことへ巻き込まれてそう」


「……もう巻き込まれてるかも」


 陽菜が真顔で言う。


 ちなみに、その騒動の主犯がショージではなくユウゲンであることを、まだ二人は知らない。


「ふふっ、ありそう」


 月菜は思わず吹き出した。


 きっと今日もタクローは、理不尽な騒動へ巻き込まれているのだろう。

 そんな他愛もない会話を交わせることが、月菜には少し嬉しかった。


 その時だった。


 ピクリ。


 陽菜の表情が変わる。


「月菜」


「うん?」


「……静かに」


 空気が変わった。


 吹いていた風がぴたりと止まり、木々のざわめきが消える。


 鳥の鳴き声も、遠くから聞こえていた運動部の笑い声も、急に遠ざかったように感じた。


 静かすぎる。


 まるで世界が一瞬だけ息を止めたような、不気味な静寂。


「っ……!」


 月菜は無意識に胸元を押さえる。


 【ルナ・コア】が小さく脈打っていた。


 危険。


 その二文字だけが、頭の中へ直接流れ込んでくる。


 陽菜はゆっくりと校舎へ視線を向ける。


 誰も姿は見えないが、それでも、確かに感じる。


 誰かがこちらを見ている。


「……気のせい?」


 月菜がそう呟いた瞬間だった。


 サァ――。


 一陣の風が中庭を吹き抜ける。


 その風に紛れるように、黒い影が校舎の角を横切った。


 人影にも見える。


 だが、人ではないようにも見えた。


「今の!」


「追う」


 陽菜が反射的に駆け出そうとする。


 だが、その足を止める声が飛んだ。


『月菜ちゃーん! 先生が探してるよー! 午後の移動教室始まるって!』


「えっ!」


 二人は同時に振り返る。


 今なら追える。


 けれど授業を抜け出せば、間違いなく騒ぎになる。


 陽菜は小さく息を吐き、悔しそうに拳を握った。


「……行こう」


「でも……」


「今は証拠がない。放課後に調べる」


「……うん」


 二人は名残惜しそうに校舎へ戻っていく。


 やがて中庭には、昼休みの喧騒だけが残った。


 ――そのはずだった。






―――――






 誰もいなくなった木陰に、一人の男が静かに姿を現す。


 古びた外套を羽織り、その手には一枚の符。


 男は校舎へ消えていった二人の背中をじっと見つめていた。


「ふむ。厄介な子がいたものだ」


 低く呟き、符を二本の指で挟む。


 風が吹く。


 それだけで、符が微かに熱を帯びた。


「……まだ早いか」


 男は独り言のように呟く。


「だが、嗅ぎつけられた以上、放置はできん」


 視線をゆっくり空へ向ける。


 雲ひとつない青空。


 平穏そのものの景色だった。


「面白い」


 男の口元がわずかに歪む。


「この学園には、思っていた以上に厄介な連中が集まっているらしい」


 そう言って符を軽く放る。


 ふわりと宙へ舞った符は、風へ溶けるように消えた。

 次の瞬間には、男の姿もそこにはなく、残されたのは一枚の枯れ葉だけだった。


 昼休みは続いている。


 生徒たちは笑い、教師は午後の授業の準備を進めており、誰一人として気づかない。


 この学園へ、新たな来訪者が静かに姿を現したことを。


 そして、その来訪者が月菜たちの運命を大きく揺るが

す存在になることを――まだ、誰も知らなかった。




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