36話 強く④
―――――
『京田ぁぁぁっ!! 今すぐ生徒指導室へ来いっ!!』
昼休みのチャイムが鳴り終わるかどうかというタイミングで、教室の扉が勢いよく開いた。
鬼のような形相を浮かべた生徒指導の教師が、教室中を見回しながら俺を指差す。
「おっ、タクロー。とうとう何か法律でも破ったか?」
隣の席のショージが、いかにも面白そうに肩を震わせる。
「破ってねぇよ! 先生、俺なんかしました!?」
『違う! 頼む! あいつを止めてくれ!!』
「あいつ?」
その一言だけで嫌な予感しかしない。
―――――
生徒指導室の扉を開けると同時に、高らかな笑い声が響いた。
「くっくっく……! このアズマに不可能など万に一つも存在せぬわ!」
「やっぱりお前かぁぁぁ!!」
部屋の中央では、ユウゲンが椅子へふんぞり返り、腕を組んで仁王立ちならぬ仁王座りをしていた。
その前では、生徒指導の先生が頭を抱え、机へ突っ伏している。
『……東くん。君のご実家には学園も世話になっている。だから強くは言えないんだ……』
「ならば問題あるまい」
『問題しかない!!』
先生の悲鳴が部屋中へ響く。
「……ユウゲン。今度は何やった?」
「学園の食文化を革命しようと思ってな」
「嫌な予感しかしねぇ」
先生が震える指で部屋の中央を指差した。
『部室にこんな物が置いてあったんだ……』
そこに鎮座していたのは、歯車、電子基板、謎の配管、そしてなぜか炊飯器の蓋が融合した、どう見ても正気とは思えない機械だった。
中心部では七色の光が妖しく明滅し……
――シュゴォォォ……
蒸気を噴き上げている。
「……クトゥルフ?」
「違う」
「じゃあ何なんだよ」
ユウゲンは得意げに胸を張る。
「名付けて──【究極全自動・多機能超常演算式カレー再現装置】! 食堂のカレーを某国の本場の味へ完全再現する」
「誰も頼んでねぇよ!」
「庶民は知らぬだけだ。本物を。」
「知らなくていい!」
先生が恐る恐る口を開く。
『東くん……これは処分しよう。な?』
「何故だ」
『怖いからだ』
即答だった。
『見た目からして爆発しそうなんだよ!!』
「安心しろ。環境にも配慮している」
「どこが」
「太陽光発電に蓄電池付きだ。」
「そこじゃねぇ!!」
俺が頭を抱える横で、先生は遠い目をしていた。
『京田……頼む……君たちの部で管理してくれ……』
「先生まで投げるな!」
「よし、引き受けよう」
「お前は勝手に返事するな!」
結局、俺たちはその謎の機械をオカルト研究部まで運ぶ羽目になった。
―――――
「お前のせいで貴重な昼休みが削られたぞ」
ユウゲンは部室に入るなり弁当を広げ、俺の愚痴にもどこ吹く風のようだった。
そして、部室へ怪しげなマシーン置いた瞬間だった。
ブゥゥゥン……
機械が勝手に起動する。
「おい」
「正常だ」
「正常じゃねぇ」
ユウゲンは迷いなく炊飯器らしきマシーンの蓋を開けた。
甘ったるい香辛料の匂いが広がる。
「ほら」
「全然カレーじゃない」
「細かいことを気にするな」
「気にするわ」
次の瞬間だった。
ガタガタガタガタ!!
部室全体が激しく震え始める。
「ユウゲン!!」
「……む」
「『む』じゃねぇ!」
七色の光が一点へ収束し……
――ポンッ!
軽快な音とともに何かが飛び出した。
そして、舞い上がる。
一枚。
二枚。
三十枚。
百枚。
「…………」
部屋中へ降り注ぐ大量の折り紙。
しかも全部、完璧な鶴だった。
「……説明しろ」
「どうやらカレー粉の分子構造と折り紙の分子構造が置換されたらしい」
「意味が分からねぇ」
「私にも分からん」
「作ったのお前だろ!!」
部室中を鶴が舞う。
幻想的なのに全く感動できない。
結局その装置は【大量の鶴を生成する謎の機械】として部室の隅へ封印された。
「頼むから次はもっと普通の物を作れ」
俺が心底疲れた声で言うと、ユウゲンは腕を組み、堂々と言い放つ。
「次は学園を空へ浮かべる」
「却下」
「そして衛星軌道上に天空食堂を―――」
「却下」
「世界初の」
「却下」
「……まだ何も言ってないぞ」
「どうせろくでもねぇ」
俺は大きくため息を吐いた。
部室の隅ではユウゲンが折り鶴を一羽手に取り、もう次の設計図を書き始めている。
ユウゲンは間違いなく天才だ。
ショージやミアと同じく、学年でも五本の指に入る頭脳の持ち主で、教科書を読めば全てを即座に記憶するし、複雑な数式も数秒で解く。
だが、ユウゲンは「我の辞書にテストの解答などという言葉はない!!」と豪語して、あえて難解な古語や独自の論理で答案を埋めるせいで、成績は常にどん底に近い。
まさに宝の持ち腐れとはこのことだ。
俺は心の底から誓った。
――もう二度と、生徒指導室から呼び出されませんように。




