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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
11月

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36話 強く②






 木々に囲まれた山中の開けた空間。朝日が差し込むにはまだ早く、冷え切った空気が張り詰めていた。

 エルンスト・グリエルが箒を杖のように突き立てると、足元から透明な魔力の波紋が静かに、だが確実に広がっていく。


 ――瞬間、山を吹き抜ける穏やかな風が急激に密度を増した。それはもはや気象現象ではない。


 物理的な重圧となって、月菜と陽菜の双肩を容赦なく押し潰そうとする。


「さぁ、早く魔装を身に纏いなよ。じゃなきゃ、私の魔法で即死しちゃうよ?」


 エルンストは軽やかに箒を回し、まるで舞踏会のパートナーを誘うかのような優雅な仕草で微笑んだ。


 その瞳には、これから始まる虐殺に近い訓練を心底楽しむような、無邪気な嗜虐心が宿っている。


「……エルンストさんは?」


「私はこれだけで十分」


 彼女はくるくると箒を回してみせる。

 その無防備な姿こそが、世界の理を書き換えるほどの力を持つ【最強】の魔法使いとしての、傲慢なまでの自負の現れだった。


「さて、まずは形式から入ろうか」


 エルンストはふわりと空中に浮遊すると、冷ややかな、それでいてどこか芝居がかった笑みを浮かべる。


「訓練内容は【生存】。制限時間は、学校の朝礼のチャイムが鳴るまでの三十分。私に一発でも攻撃を当てたら君たちの勝ちだ。――そうだなぁ、当てられなかったら、とびきり恥ずかしい罰ゲームを考えておこうかな?」


「……っ、罰ゲーム!?」


 その言葉を聞いた瞬間、月菜はかつて親友の星菜が提案した、あの悪夢のような恥辱的な罰ゲームの内容を思い出し、背筋が凍りついた。


「……? 何で罰ゲームという言葉だけで、そんなに顔を青くするのかい?」


 訝しげに小首を傾げるエルンスト。

 月菜には、これから始まる過酷な訓練の内容よりも、その先にある恥辱への恐怖が勝っていた。


「しかし、理事長。本気ですか? 今の私たちと理事長の実力差は……」


「実力差を言い訳にするのはナンセンスだよ、陽菜ちゃん。君はあのレグルスたちを相手にする時にも、同じように『実力差があるから』と言い訳するつもりなの?」


 エルンストの目が、一瞬だけ獲物を射抜く猛禽類のように鋭く光った。

 その言葉には、ただ厳しいだけではない、「強くなければ生きていけない」という彼女なりの冷徹な愛が籠もっていた。


 陽菜が言葉を失ったその瞬間。


 エルンストが人差し指をスッと向ける。放たれたのは、真空を切り裂く風の刃。


「ひゃっ!?」


 月菜の悲鳴と同時、地面を抉るような鋭い風が二人の横を通り過ぎ、背後の大木をまるでバターのように綺麗に伐採した。


 訓練というにはあまりに苛烈な、実戦さながらの洗礼だった。


訓練開始スタート!」


 エルンストの宣言と共に、周囲の空気が激しく渦を巻く。


 無数の風の刃が意思を持つかのように二人の逃げ場を狭めていく。


 逃げようとすれば風が足をすくい、立ち止まれば高圧の空気が体を押さえつける。


「まずはどう私に攻撃するところからだね。陽菜ちゃん、攻めの才能はあるけれど守りがまだ甘い。月菜ちゃん、君は周りに遠慮して、イマイチ自分の力を発揮できていないよ」


「……ッ!」


 陽菜が鋭い踏み込みを見せ、橙色の炎をエルンストに放つ。


 ーーだが、エルンストは首を小さく傾けるだけで、そのすべてを空に流していく。


「単調過ぎるね。あくびが出ちゃうよ」


「……今のは挨拶代わりです」


 風の旋律を操り、二人を翻弄するその姿は、教える側というよりは、無知な小動物を慈悲深くあしらう捕食者のようだった。


「月菜ちゃん、怖がって力を出し惜しみしているね? そんなんじゃ、君のルナ・コアが泣くよ」


 エルンストが空中でふわりと回転すると、無数の風の刃が扇状に広がり、二人を追い詰める。


理不尽なまでの強さに、月菜は思わず立ち尽くした。


「どうしたの? もう終わり? 魔人たちを相手にするなら、これくらいの風なんて春のそよ風みたいなものだよ」


 圧倒的な力の差を見せつけられ、あしらわれるだけの訓練。


 重圧に月菜が視線を落としかけたその時、陽菜の手が月菜の腕を強く引き寄せた。


「……月菜。理事長の風はただの攻撃じゃない。……あれは、魔力の流れそのもの。私たちはあれを力で弾くんじゃない。流れを読み切るの」


 陽菜の冷徹で確かな声に、月菜はハッと顔を上げた。エルンストの瞳が、僅かに愉悦に細められる。


「おや、少しは魔術師らしい顔になったかな。……さあ、ここからが本番だよ。私の風をどう乗り切るかな?」


 舞う風はさらに激しさを増す。


「来るよ、月菜! 私を足場にして!」


「うん……っ!」


 陽菜は屈み、月菜は空へと跳ね上げる。


 空中で月菜が杖を構える。


「ほう……なるほど、そうくるかい」


 エルンストは楽しげに口角を吊り上げる。


「行ってっ!! 《ムーン・ショット》!!」


 月菜が放った光の弾丸はエルンストの風に上手く乗り、本体へと向かった。


「上手いね。でも、残念」


 エルンストに当たる前に風の障壁により


「さあ、今の連携をあと十倍の速度で。……生き残りたければ、私を殺す気でかかっておいで!」


 エルンストが箒を大きく振るう。


 山全体が揺れるほどの突風が巻き起こる中、二人は覚悟を決めてその嵐の中に飛び込んでいった。


 校門のチャイムが鳴り響くまでの三十分間。


 それは、彼女たちの殻を破る為の訓練となる。


 風が吹き荒れ、炎の刃が舞い、光の弾丸が飛び交う。


 月菜と陽菜の叫び声が、朝日が昇り始める山々に力強く反響した。





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