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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
11月

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35話 魔法使い⑦






「レグルス・クレイマー。ミシマと同じく【魔人】と呼ばれている人間。……いや、あれは人間というより、獣と呼んだ方がしっくりくるかな?」


 エルンストはクスクスと、まるでいたずらを企む子供のように可憐に笑った。

 その声音は鈴を転がしたように美しいのに、紡がれる内容はあまりにも禍々しい。


「彼はミシマとは完全に真逆の性質を持っていてね。日本語で分かりやすく表現するなら……そう、【弱肉強食】。それをそのまま形にしたような存在なんだよ」


「……レグルスは非常に好戦的な人物で、ただ戦うこと、強者を蹂躙することだけを生き甲斐にしています。倫理観が通用しないという意味では、ある意味でミシマ以上に危険な男ですね」


 直立不動のままのエヴァが、硬い声で言葉を補足した。


 エヴァほどの優秀な魔術師がそこまで警戒を露わにする相手。月菜の心臓は、さっきから早鐘のように脈打っている。


「……っ。何で、そんな危ない人に、陽菜ちゃんのお兄さんが捕まっているの?」


 月菜は喉の奥の渇きを感じながら、どうにかそれだけを問いかけた。


 するとエルンストは、極彩色の瞳を僅かに揺らし、視線を部屋の隅へと向ける。


「うーん、それに関しては、直接陽菜から聞いた方がいいんじゃないかな。私のような部外者から話すのも、なんだかおかしな話だしね」


 促されるようにして、月菜は陽菜へと視線を向けた。

 いつもは氷のようにクールで、感情を滅多に表に出さない陽菜。

 けれど今の彼女は、今にもきつく噛みちぎってしまいそうなほど強く唇を結び、どこか申し訳なさそうな、ひどく痛々しい表情で月菜を見つめ返してきた。


「……ごめん、月菜。今は、まだ言えない」


 陽菜の拒絶は、ひどく静かで、けれど重かった。


 普通なら、ここまで大きな話を聞かされたら問い詰めたくなるところだろう。

 だが、月菜は小さく息を吐き出すと、ふにゃりと柔らかく眉を下げて微笑んだ。


「そっか。なら、仕方がないや」


「へぇ……」


 エルンストが、意外そうな声を漏らして片眉を上げた。


「月菜ちゃん、気にならないのかい? 目の前の親友が、世界の命運を左右する魔人と繋がっているかもしれないんだよ?」


「気にならないって言ったら嘘になります。……でも、陽菜が今は答えたくないなら、無理には聞けないですよ。私は、陽菜ちゃんの友達ですから。話したくなった時に、聞いてあげるだけで十分です」


 まっすぐに告げられた月菜の言葉に、陽菜はハッとしたように目を見開いた。そのクールな瞳の奥に、じわりと温かい動揺が広がるのを月菜は見逃さなかった。


「……ふふ。あははは!」


 突然、エルンストが楽しそうに声を上げて笑った。驚く月菜の前で、彼女は愛おしむような、ひどく優しい眼差しを向けてくる。


「素晴らしいね。……本当に、君みたいな優しい子が【ルナ・コア】に選ばれて良かったよ」


 その言葉に、月菜の身体がピキリと硬直した。


「え……っ!? な、何で、私が【ルナ・コア】を持ってるって知っているんですか……!?」


 エルンストは「何を当然のことを」と言わんばかりに、呆れたように両手を広げてみせた。


「何を驚いているんだい? 私はエテルナの理事長なんだよ? この世界の魔術のすべてを管理する組織のトップ。つまり、ものすごーく偉いんだ。これくらい知っていて当たり前さ。威張ってもいいくらいだね?」


「え、ええ……」


 あまりにも堂々と「偉いんだよ?」と言い切るお茶目さに、月菜は緊張を通り越して少し脱力してしまう。


「月菜ちゃんは良い魔術師になるよ。この私が保証する。――あぁ、それどころか、ひょっとしたら数年後には、私と同じ【魔法使い】の座にまで上り詰めていたりしてね?」


「そ、そんな! めっそうもないです! 私なんて、つい最近魔術を知ったばかりでまだまだひよっこですし……っ」


「いーや、保証する。絶対にね。だって、君は――私と同じ【星核リリック】に選ばれた者なんだから」


 エルンストはカジュアルな私服の襟元から、服の内側に隠されていた一本のペンダントをそっと引き出した。


 その鎖の先で鈍い光を放っているのは、深海の闇をそのまま切り取ってきたかのような、神秘的な藍色の輝

石。


「これは――」


「察しの通り。私は【ネプチューン・コア】に選ばれたんだよ。世界に3人しかいない【魔法使い】と呼ばれる者たちはね、みんな等しく、この星核リリックを持っているのさ」


 エルンストの指先で、ネプチューン・コアが脈打つように淡く発光した。


 その瞬間、月菜の【ルナ・コア】が、まるで共鳴するかのようにドクンと熱く脈打った。


「くっ……」


 胸を焦がすような熱量に、月菜は思わず【ルナ・コア】を手で握った。


「世界を滅ぼす魔人と、それを阻止しようとする自警団エストファミリア。そして、世界の均衡を守るために動く私たちエテルナ……。役者はすでに揃いつつある。月菜ちゃん、君の持つ【ルナ・コア】が、どちらの未来を照らすことになるのか……私は本当に楽しみだよ」


 エルンストはペンダントを再び服の中に仕舞い込むと、満足したように立ち上がった。


「さて、夜更かしは美肌の敵だ。今日のところはこれで帰ることにするよ。エヴァ、美味しい紅茶とクッキーをありがとう。それと――陽菜」


 去り際、エルンストは部屋の隅に佇む陽菜の横を通り過ぎる瞬間、その耳元でだけ聞こえるような微かな声で、けれど冷徹に囁いた。


「レグルスに追いつきたいなら、今のままじゃ話にならないよ。……精々、私の足元に届くくらいには、死に物狂いで強くなりなさい」


「……っ」


 陽菜の拳が、爪が食い込むほどに強く握り締められる。


 エルンストはそれ以上何も言わず、優雅な足取りでリビングを後にし、玄関へと消えていった。


 パタン、と静かにドアが閉まる音が響く。


 圧倒的な嵐が去った後のような静寂の中、月菜は未だに熱を持ったままの胸元を押さえながら、ただ呆然と立ち尽くしていた。


 日常のすぐ裏側で、確実に破滅へと向かって回り始めている運命の歯車。


 元一般人の少女・月菜は、自分の意志とは無関係に、その巨大な渦の中心へと引きずり込まれようとしていた――。




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