34話 お兄ちゃんサミット開催中!②
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「……なるほど。君の母親が泊まるように促した、と。それで、タクは星菜に手を出しちゃいないよね?」
「目に見えてお前にやられるのを知っていて、手を出すバカはいねーよ」
俺は両手を軽く挙げながら、全力の真顔で言い返した。
ここで一瞬でも目を泳がせたら、この喫茶【シスター】が俺の墓場になる。
それくらいのガチな殺気が、テーブルを挟んだ向こう側からリアルに伝わってきていた。
「フッ……それもそうだね。タクはそんな無謀な男じゃない。僕も君のその部分は信頼しているさ」
すう、と冥夜の放っていた恐ろしいオーラが収まり、彼は何事もなかったかのようにアイスコーヒーを一口啜った。
信頼されてるのか脅されてるのかどっちだよ。
生きた心地がしなかったぞ。
「だが……そうか。星菜は、君の家でそんなに楽しそうにしていたんだね」
ふたたび、冥夜の顔に寂しげな陰影が落ちる。
注文したケーキを口にしながら、月菜をいじり倒して生き生きとしていた星菜ちゃんの姿を、こいつは脳内で健気に思い浮かべているのだろう。
「家では僕が話しかけても『あー、うん。今忙しいから』と、スマホから目を合わそうとしないのに……。やはり、僕の接し方に問題があるのだろうか。一昨日、せっかく心が通じ合えたと思ったのは、僕の幻覚だったのか」
「幻覚って、お前な……。まぁ、年頃の妹なんてそんなもんだろ。お前がちょっと過保護すぎるんだよ。一昨日、少しでも話せるようになっただけでも大進歩じゃないか。世の中には口すら聞いてもらえない兄貴だっているんだぞ」
「いや、不十分だ。僕が求めているのは表面上の会話ではない。魂の交流だ」
冥夜はガタッと音を立てて身を乗り出し、切実極まる目で俺を見つめてきた。
「タク、君は月菜ちゃんと非常に良好な兄妹関係を築いている。昨日だって、誕生日を祝って直接『大好き』と言われたのだろう?」
「ぶふっ!? なんでお前がそれを知ってんだよ!」
「フッ、さっきの登校中、君のお友達が通学路で大声で叫んでいるのが聞こえてね。全校生徒が知るのも時間の問題だろう。……羨ましい。非常に羨ましい限りだ。僕も星菜に『お兄ちゃん大好き』と言われたい。いや、そこまで贅沢は言わない。せめて『ありがとう』を感情のこもった声で、僕の目を見て言ってほしいのだよ」
そのお友達とはショージの事だろうな。
「いいか、冥夜。妹ってのはな、距離感を間違えて求めすぎると、逆に全力で逃げていく生き物なんだよ。うちの月菜だって、いつもベタベタしてくるわけじゃない。たまに俺の部屋に突撃してきては、理不尽に怒って枕を投げつけてきたりするしな」
「ほう……詳しく聞こうか。それはどういうシチュエーションで、どういう感情のトリガーが引かれた時に発生する事象だい?」
「いや、ただの兄貴としてのリアルな苦労話だから、そこでガチなトーンでメモを取るな」
本気でブレザーの内ポケットから高級そうな手帳を取り出そうとする冥夜を、俺は慌てて手で制する。
ふと窓の外を見ると、通りかかる他校の生徒たちが、この席を怯えたような目で見ていることに気づいた。
傍から見れば、学校の誰もが恐れる番長・佐々木冥夜が、一般生徒である俺をカツアゲして精神的に追い詰めている最悪の修羅場にしか見えないだろう。
店内のウェイトレスさんも、気のせいかさっきから遠巻きにこちらを窺っている。
だが、実際はただの「シスコン兄貴二人が、妹の生態について大真面目に語り合っている」という、最高に不毛でおためごかしなサミットだった。
「――はぁ。とにかく、星菜ちゃんは日文研のメンバーといる時は本当に楽しそうだし、お前のことも別に嫌ってるわけじゃないと思うぞ。ほら、身内だからこその照れ隠しみたいなもんだろ」
「……照れ隠し、か。ふふ、良い響きだね。つまり星菜は、僕の前では素直になれないだけ、ということか」
「まぁ、そういうことにしておけよ」
俺の適当な気休めの慰めを、冥夜は都合よく解釈して、どこか嬉しそうに口元を緩めた。
本当に妹のことになると途端に単純になる男だ。
学校での冷徹な噂を聞いたやつらが今のこいつを見たら、あまりのギャップに腰を抜かすに違いない。
「よし、今日のところは君の貴重な意見に免じて、お泊まりの件は完全に不問に処そう。……あ、タク。これは僕からの、有益な情報をもたらしてくれたことへのささやかな礼だ」
冥夜はそう言って、満足げに立ち上がると、ブレザーのポケットから『喫茶シスター・10回分コーヒー回数券』をテーブルにコトッと置いた。
「だからいらねーよ! なんでよりによってこの、シスコンを拗らせたような名前の店の回数券なんだよ!」




