33話 月菜、ハピバっ!⑨
諸君、唐突だが『ハーレム』という言葉をご存じだろうか?
それは一人の男を大勢の女性が取り囲む、男なら一度は憧れる至高の理想郷である(※ただしソースはジョージ)。
だが、俺は声を大にして言いたい。あいつの言葉は全部嘘だ、と。
「タクロー先輩の作る朝ごはん、おいしぃー! 朝から幸せすぎるー!」
「本当ですね。これを毎日食べられる月菜さんが羨ましい限りです」
翌朝。
我が家のダイニングテーブルは、凄まじい密度の華やかさに包まれていた。
目の前には、お風呂上がりとはまた違う、清楚な制服姿に変身した四人の美少女(妹含む)。そして、我が家の両親。
――結論から言おう。全くもって、飯を食った気がしない。
右を向いても左を向いても視界に美少女が入る環境というのは、凡夫たる男子高校生の精神を著しく摩耗させるのだ。
俺にハーレム属性は一ミリも備わっていなかったらしい。
「陽菜、お兄ちゃんのご飯どう? 口に合う?」
「……ん。すごく美味しい。……それに、なんだか懐かしい味がする」
「にゃはは、タクロー先輩の料理はお袋の味ってことですね♪」
月菜に話を振られた陽菜ちゃんが、味噌汁を口にしてぽつりと言った。
「お母さんとお父さんは、しばらく家にいられるの?」
ご飯を頬張りながら月菜が尋ねると、母さんはコーヒーカップを傾けながら微笑んだ。
「私はしばらく在宅ワークになるから家にいるわよ。でも、義和さんは……」
「……うむ。俺は残念ながら、今日の午後にはまた出国せねばならんのだ」
途端に、ヒグマのような体躯を持つ親父殿の強面が、見る影もなく哀しみの表情へと変わった。
娘の誕生日の翌日にまた離れ離れというのは、さすがに堪えるらしい。
「えーっ、またすぐ行っちゃうんだ。次はどこに行くの?」
「……アンゴラだ」
親父殿が重々しく告げたその地名に、俺の脳裏には一瞬、キレキレのステップで縄跳びを跳ぶ女芸人が浮かんだ。
……いや、それはアンゴラ村長だ。
確かアンゴラ共和国って、アフリカの南西部あたりだったよな?
親父殿は相変わらずワールドワイドな仕事をされている。
―――――
「それじゃあ、みんな気をつけて行くんだぞ。タクロー、お前もしっかり女子たちをエスコートして学校まで送り届けるんだ」
「分かってるよ。親父殿も、体に気をつけてな」
玄関先で、大きなスーツケースを引いた親父殿を見送る。
強面で「うむ」と頷いた親父殿は、最後に月菜の頭をこれでもかと優しく撫で回してから、迎えのタクシーへと乗り込んでいった。
「ふぅ……よし、あたしたちも行こっか!」
星菜ちゃんが鞄を肩にかけ、元気にローファーを鳴らす。
こうして、俺、月菜、田中さん、陽菜、星菜ちゃんという、字面だけ見れば完全にラブコメの主人公な布陣での登校が始まった。
秋の爽やかな風が、少女たちの制服のスカートを軽やかに揺らす。
「それにしても、タクロー先輩。昨日の夜は、隣の部屋で耳をすませてドキドキしてたりしました?」
通学路を並んで歩く中、星菜ちゃんがいたずらっぽい笑みを浮かべて小走りで俺の前に回り込んできた。
「するわけねーだろ。疲れて泥のように眠ってたよ」
「えー、嘘だぁ。月菜ちゃんが『お兄ちゃん大好きー!』って叫んでたの、絶対に聞こえてたクセにー!」
「ぶふっ……!?」
直球すぎる暴露に、俺は盛大に咽せた。
隣を歩いていた月菜に視線をやると、彼女はすでに茹でダコのように顔を真っ赤にして、星菜ちゃんの制服の裾を激しく引っ張っている。
「ちょっと星菜ちゃん!? な、何言ってるのバカ! あれは枕に叫んだから聞こえてないはず――ああっ!?」
「……月菜、墓穴掘ってる」
陽菜ちゃんが呆れたようにボソッと呟く。
「ふふ、本当に仲が良くて微笑ましいですねぇ」
田中さんは相変わらずのマイナスイオンを放ちながら、そんな俺たちのやり取りを満足そうに眺めていた。
「――おーい! タクロー! 月菜ちゃぁぁぁん!」
その時、前方から聞き馴染んだ、しかし最高に暑苦しい声が響いてきた。
見れば、通学路の曲がり角から、これまた最高に分かりやすいニヤケ面を張り付けたジョージが、ぶんぶんと手を振りながら走ってくるところだった。
「お前ら、まさか本当に全員でお泊まりしたのか!? おいタクロー、お前まさか一線を越えてないだろうな!?」
「超えるかアホ。あと声がデカい、不審者と思われるから黙れ」
せっかくの爽やかな朝の空気が、一瞬にしていつもの騒がしい日常へと塗り替えられていく。




