33話 月菜、ハピバっ!⑧
「【エストファミリア】って、一体なんなの……?」
お菓子やジュースの用意が終わり、月菜の部屋で日文研の女子会が始まった直後のことだった。
ベッドの上に皆で車座になって座るなり、開口一番に月菜が尋ねたその名前に、部屋の空気がわずかに凍りついた。
「……月菜ちゃん。女子会っていうのは、普通は恋バナとかをしてキャーキャー言う場だよ。さすがにその質問は、ちょっとジャンルが違いすぎるかな」
星菜が、ポテトチップスを掴んだ手をぴたりと止め、いつになく真面目なトーンで告げる。
「だって、陽菜とエヴァさんにいくら聞いても、いつもはぐらかして教えてくれないんだもん!」
ぷくーっと頬を膨らませて抗議する月菜だったが、その視線の先で、陽菜は完全に目をそらし、ただ静かに麦茶のグラスを見つめていた。
その横顔は、いつものクールな陽菜ではなく、何か決定的な秘密を死守しようとするかのように固く強張っている。
「……それは、月菜が気にしなくていいことだから。関わっちゃ、だめ」
「もう、またそうやってのけ者扱いする。学校でも二人がその名前を出したとき、すっごく真面目な顔してたし……日文研のみんな、あの話になるときだけ私を遠ざけようとするから、気になってネットで検索しても、ニュースを見ても、どこにもそんな名前出てこないんだよ?」
月菜のまっすぐな瞳と、純粋なまでの心配である。
「おやまあ。月菜さんは本当に優しくて、そして鋭いですね」
エヴァはいつものおっとりとした微笑みを絶やさずに、けれどどこか冷徹な光を瞳の奥に宿して口を開いた。
「エヴァさん、エストファミリアって、何なの?」
「ここまできたら隠し通すのは難しいですね。ただし――本当に、ここだけの秘密にしてくださいね?」
エヴァは人差し指を唇に当て、声音を一段落とす。途端に、部屋の空気が張り詰めたものへと変わった。
「彼らはこの地域の裏社会、あるいは非日常の領域で『自警団』を自称し、独自の目的のために暗躍している極めて異質な組織です。そしてこの地域は彼らの縄張りであり、私たち魔術師がここに潜伏していることも、すでに彼らには周知されています」
「それって……何かマズいの?」
「エストファミリアの縄張りに魔術師が入ってきたことを、彼らがどう思っているのかはまだ分かりません。ただ、私と陽菜ちゃんがこの街に来たもう一つの理由は、そのエストファミリアの調査なのです」
「調査……?」
「ええ。私が所属しているエテルナ魔術学院の理事長が、彼らの不穏な動きを気にしていましてね。どうやら、エストファミリアの中には『破魔士』の人間もいるようなのです」
「破魔士……」
月菜の脳裏に冥夜の顔が浮かぶ。
昨ふと隣に座る星菜の方を向いた。
星菜はポテトチップスを咀嚼しながら、ひらひらと手を振る。
「あ、因みにあたしとお兄ちゃんはエストファミリアのメンバーじゃないよ? 立場上、ある程度の事情は知ってるけどね」
「私と陽菜ちゃんは、彼らの動向に少し神経質になっているだけです。月菜さんが怖い思いをするようなことは、何一つありませんからね」
エヴァは優しくフォローするが、その実態は綱渡りに近い。
魔術師と破魔士。
現状では決して相容れぬ関係。
ほんの些細な小競り合いが、取り返しのつかない大抗争を引き起こしかねない不穏な均衡のなかに、彼女たちはいた。
「……エヴァ。これ以上は、だめ」
陽菜が遮るように低く呟く。
その声には、月菜をこれ以上、決して表には出ない裏の世界に踏み込ませたくない、巻き込みたくないという切実な感情が混ざっていた。
「そうそう! 別にエストファミリアのみんなも、魔術師たちが悪いことしなきゃ動いたりしないと思うから大丈夫だよ!」
「……何を根拠に言ってる」
星菜が場を和ませようと軽い口調で話すと、陽菜は声音を冷たくして小さく悪態をついた。
「……そっか。表には出ない、秘密の組織。なんだか、大変そうだけど……」
月菜はそれ以上、追求するのをやめて引き下がった。
これ以上聞くことは、エヴァたちを困らせてしまうのだと、月菜が察したのだ。
月菜は自分の膝をぎゅっと抱え込み、少しだけ寂しそうに、でもそれ以上に大好きな彼女たちの無事を祈るような、複雑な視線を陽菜に向けた。
「――さっ、お堅い空気はここまで! 今日の本題は月菜ちゃんの誕生日祝いでしょ!」
星菜がパンッと勢いよく手を叩き、凍りつきかけていた部屋の空気を強引に破砕する。
「月菜ちゃん、さっきお兄さんからもらったヘアピン、すっごく似合ってた! ぶっちゃけさ、最近クラスの男子とかで気になってる人いないわけ? ――それとも、やっぱタクロー先輩ラヴ?」
「ええっ!? な、何言ってるの星菜ちゃん! いないよ、そんな人ぉ! それにお兄ちゃんは、ただのお兄ちゃんだし……っ!」
一瞬でいつもの女子高生の日常へと引き戻され、月菜の顔が耳まで真っ赤に染まる。
「……私も、ちょっと気になる」
「よ、陽菜まで!? もう、みんなして私をからかわないでよー!」
枕に顔を埋めてベッドの上で足をバタバタさせる主役を見て、ようやく陽菜の口元にも、いつもの温かい微笑みが戻った。
決して表の世界には出てこない、地元の不穏な影。
それを心の奥底に隠匿したまま、少女たちは今この瞬間だけの、等身大の穏やかな夜に身を委ねていくのだった。




