33話 月菜、ハピバっ!③
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「タクロー、お前、月菜ちゃんに何をあげるんだ?」
1限目の地獄のような数学の授業が終わり、解放感を告げるチャイムの余韻が教室に響く中。
前の席のジョージが、待ってましたと言わんばかりに勢いよく椅子を後ろ向きに回転させ、ニヤニヤとした薄気味悪い笑みを浮かべて声をかけてきた。
「はぁ? なんでお前にそんなプライベートなことを教えなきゃならんのだ」
俺はシャープペンシルを筆箱に放り込みながら、心底ウザそうな視線をジョージに返す。
「ふっ、決まってるだろ。将来、俺に可愛い妹ができたときのための参考にしようと思ってな」
「お前にそんな奇跡みたいな日が来るわけないだろ。あと、仮にできたとしてもお前の歪んだ参考データは有害でしかない」
無視してもしつこく絡んでくるのは目に見えている。俺はため息を一つ吐き、あらかじめ用意しておいた無難な正解を口にした。
「……普通に、月菜が欲しがってたキャラクターのぬいぐるみだよ。少し前に、これが可愛いってボソッと言ってたからな」
「かぁーっ!! つまんない男だなぁ、タクロー先生は!」
ジョージは大げさに両手を天に突き上げ、我がごとのように嘆いてみせた。
本当にいちいちリアクションがうっとうしい奴だ。
「しばくぞ。兄から妹への誕プレなんて、それくらい無難で実用的なのが一番なんだよ」
「甘い、甘いよ拓郎君! 本日10月5日を以て、月菜ちゃんはまた一つ大人の階段を上ったわけだろ? だったら俺なら、その証明として、もっとこう……刺激的でセクシーな下着を贈ってやるね!」
どんっ、とジョージが拳で俺の机を叩いた。
その瞬間、周囲の席のクラスメイトたちの動きがピタリと止まる。
おい、待て。
クラスの面々がこっちを見てヒソヒソ話を始めてるぞ?
「……なぁジョージ。お前、今自分がクラスのど真ん中で、どれだけおぞましいパワーワードを大声で放ったか自覚してるか?」
「あ? 男のロマンを語っただけだが?」
「妹に下着をプレゼントする実の兄が世界のどこにいるんだよ」
「歴史ってのはな、常に常識を疑う異端児によって作られるんだよ。つまり、お前がその記念すべき第一号になるんだよ、タクロー!」
「なるかボケ。歴史の教科書じゃなくて警察のブラックリストに載るわ」
胸を張ってバカな主張を繰り返すジョージの頭に、手近にあった分厚い教科書を叩き込んでやろうかと思った、その時だった。
「――ちょっとジョージ。一限目が終わったばかりの教室で、なんて破廉恥な大声をあげているのよ。少しは自重しなさい」
すぐ隣の席から、涼やかだが有無を言わせない威圧感を孕んだ声が降ってきた。
背筋をピンと伸ばしたミアが、鋭い視線をジョージへと向けていた。
「おいミア、聞いてくれよ! 俺は男としてのグローバルな意見を――」
「却下。あなたのそれはただのセクハラだし、何よりタクローが本気で迷惑しているわ。実の妹にそんなものを贈るなんて、正気の沙汰じゃない意見ね」
ミアは一切の妥協を許さない口調で、ジョージの意見を冷徹にばっさりと切り捨てた。
そうだそうだ! もっと言ってやれー!
「うぐっ……! ミア、そこまで直球で否定しなくても……」
「当然でしょう。……でも、タクロー」
「ん? なんだ?」
ジョージを一言で黙らせたミアは、今度は俺の方へと視線を移した。
その瞳には、どこか真面目に俺を心配するような色が浮かんでいる。
「タクローの選んだぬいぐるみっていうのは、兄からの贈り物としては一番安全で、正しい選択だと思うわ。変に背伸びをする必要なんてないもの」
「だろ? 流石ミアだ、話が分かる」
「ええ。ただ……もし月菜が、自分の年齢に対して少し子ども扱いされているって感じてしまったら、それはそれで少し寂しい思いをさせるかもしれないわね」
ミアは人差し指でトントンと自分の机を叩きながら、極めて客観的かつ真面目な分析を口にした。
……子ども扱い、ね。
その言葉を聞いた瞬間、今朝の光景が唐突にフラッシュバックする。
パジャマのズボンがズレて、ピンクのあれが見えていた月菜の無防備すぎる姿。
血は繋がっていないとはいえ、あいつ、いつの間にかそれなりに育っているというか……いやいや、何を考えてるんだ俺は。
「ほーら見ろ! タクローの顔が一しきりマジになった! やっぱりお前、心のどこかでは大人の階段を――」
「静かにしなさい、ジョージ。まだ懲りていないの?」
ミアがピシャリと言い放つと、ジョージは借りてきた猫のように大げさに口をチャックする仕草をして縮こまった。
「ありがとう、ミア。助かった」
「別に私は当たり前のことを言ったまでよ。ところで、誕生日パーティーとかしてあげるの?」
「おう。昨日から仕込み十分だ」
「なら、俺もお邪魔しようかね。月菜ちゃんの誕生日祝ってあげたいし」
「来んなよ。絶対くんなよ」
「それはフリだぞタクロー」
これっぽっちもフリではない。100%本心だ。
キーンコーンカーンコーン……と、そこで絶妙なタイミングの2限目の予鈴が鳴り響いた。
「ちっ、作戦会議は一時中断か」と不届きな台詞を残してジョージが席を戻し、ミアもまた、ふうと小さくため息をついてから、自分の教科書を開いて授業の準備を始めた。
大事だからもう一度言いたい。
ーーフリじゃないからな?




