33話 月菜、ハピバっ!②
―――――
「月菜、誕生日おめでとう」
その声は、朝のホームルーム終了を告げるチャイムが鳴り響き、担任の教師が教室を出て行った直後の、にわかにざわつき始めた教室の中に静かに響いた。
声の主は月菜の親友であり共に魔法少女としてエヴァの弟子である陽菜だ。
今朝、チャイムギリギリで教室のドアに滑り込んできた月菜は、ホームルーム中もずっと上の空だった。
配られたプリントを逆さまに持っていたり、時折、自分の顔を両手で挟んで「うぅ……」と小さく悶絶していたのを、隣の席の陽菜は見逃していなかった。
「陽菜、ありがとう!」
朝のバタバタや恥ずかしい思い出なんてすっかり吹き飛んだ様子で、月菜はぱっとひまわりが咲いたような笑顔を浮かべる。
陽菜は机の横に掛けていた通学鞄から、いつも通りの淡々とした、しかし無駄のない所作で、綺麗に包装紙で包まれた四角い箱を取り出した。
「ん、これ。プレゼント」
「わー、なんだろなぁ♪ すっごいきちんとラッピングされてる!」
「参考書」
「…………え?」
ピキ、と月菜の笑顔のまま表情が完全に凝固した。
あながち冗談に聞こえないのが、学年一の真面目でクールビューティーとして名を馳せる陽菜の恐ろしいところである。
彼女の場合であれば、「月菜の将来のために、朝の読書の時間から始めておくべき難関大対策・英語構文一〇〇選」といった実用性100パーセントの鈍器が出てきても、何ら不思議ではないのだ。
これからの1時間目の授業が憂鬱になるレベルのチョイスである。
「あはは……冗談、だよね?」
「……嘘。開けてみれば分かる」
「もうっ! 陽菜、冗談がきついよぉ! 本気で心臓が止まるかと思ったじゃん!」
本当に焦った、と胸になでおろしながら、月菜はわくわくした様子で包装紙を丁寧に、破らないように開けていく。
1時間目の予鈴が鳴る前に中身を確認したかった。
中から現れたのは、淡いパステルカラーの小箱だった。
「あ、可愛い……! これ、最近SNSでコスメ垢の人たちが大絶賛してた限定のリップクリームじゃない!」
「うん。月菜、冬になるとすぐ唇が乾燥するって言ってたから。ちょっと早いけど、学校でも使えるように。……気に入ってくれたなら、よかった」
そう言って、陽菜は少しだけ耳の付け根を赤くして、ふいと目をそらした。
そのツン気味だけど細やかな優しさに胸を打たれ、月菜が「ありがとうっ! 大好き!」と感極まって抱きつこうとした――その時だった。
「月菜ちゃん、ハッピーバースデー!!」
ガララッ!!! と、教室の後ろのドアが、壊れんばかりの勢いで盛大に開け放たれた。
振り返るまでもない。
別クラスの中等部アイドル、星菜が台風のような勢いで教室に飛び込んできたのだ。
朝の短い休み時間だが、フットワークが軽い。
「あ、星菜ちゃん! わざわざ隣のクラスから来てくれたの? まだ1時間目が始まる前だよ?」
「当然じゃん! 今日という記念すべき日に、朝一番で駆けつけないで誰が来るって言うのかな♪」
星菜はトレードマークの白い歯をキラリと輝かせながら、月菜の席へと猛ダッシュで駆け寄ってきた。
そして、中等部アイドルの登場に月菜のクラスは騒めきが起きていた。
「でね? 私からのプレゼントなんだけどさ……フフフ、ジャジャーン! これだよ♪」
「わあ、結構大きな袋……って、あれ? なんで星菜ちゃん、そんなにコソコソして何で不気味に笑ってるの?」
星菜が月菜の机の上にドン、と置いたのは、中身が一切見えないようになっているシックでお洒落なブランドの紙袋だった。
そして、それを持つ星菜は不敵な笑みを浮かべていた。
「ふふふ、これぞね、今日でまた一つ大人の階段を上った月菜ちゃんにふさわしい、特製の『ムフフなプレゼント』だよ♪」
「む、ムフフ……?」
あからさまに嫌な予感がしたのだろう。月菜の頬が引きつり、少しだけ椅子を引いて身を引く。
一方で、隣にいた陽菜は「ムフフ」という単語にピクリと反応し、瞳の奥を鋭く光らせて、そっと二人の会話に耳を傾けていた。
「いいからいいから、開けてみてよ! 大丈夫、今の時間ならみんな自分の席で1時間目の準備してるし、誰も見てないから!」
「誰も見てないって言われる方が怪しいんだけど……」
ゴクリと唾を飲み込み、月菜はおそるおそる紙袋の中に手を伸ばした。
指先に触れたのは、驚くほど滑らかで、しっとりとした布の質感。そして、学校に持ってくるには異様にボリュームが少ない何か。
月菜がそれを袋の中からゆっくりと引きずり出した瞬間――教室内の一角の空気が、完全に凍りついた。
「…………え?」
月菜の手に握られていたのは、あまりにも布面積が小さく、繊細なレースと細いリボンだけで構成された、見るからに破廉恥な『透け感たっぷりの黒の下着』だった。
朝の教室の蛍光灯の光に透かせば、向こう側が綺麗に見えてしまいそうなほどの、完全なる大人向けの勝負服である。
「ひゃ、ひゃあああああああああっ!?」
中身を完全に理解した瞬間、月菜の顔が今朝のベッドの上以上に、一瞬で爆発したかのように真っ赤に染まった。
あまりの衝撃に、持っていたものをそのまま机の上に放り出しそうになり、慌てて袋の中に押し戻す。
「ちょ、ちょっと星菜ちゃん!? 何これ、何これぇぇぇ! 透けてる! すっごいスケスケだよっ!? なんで朝のホームルーム直後にこれを見せるのさ!」
「えー、いいじゃん! 大人な色気の黒! 月菜ちゃんに絶対似合うと思って、私がお小遣いはたいて専門店で買ってきたんだから!」
「専門店のワードが生々しいよ! っていうか、なんで私にこんな過激な下着をプレゼントするのさ!?」
恥ずかしさのあまり涙目になりながら抗議する月菜に対し、星菜はニヤニヤとしたニタリ顔を崩さないまま、これ見よがしに肩をすくめて見せた。
「だってさぁ、今日はお父さんもお母さんも出張で夜まで帰ってこないんでしょ? ってことは、お家にはお兄さんと二人きり……。ほら、今朝もなんかベッドの上でズボンがどうのこうのってハプニングがあったみたいだしさぁ?」
「なっ、なんで今朝のことを星菜ちゃんが知ってるのぉぉぉ!?」
「ふっふー、月菜、さっきホームルームが始まる前に上の空で『お兄ちゃんに変なとこ見られた……』って小声で呟いてたもんね。聞き逃すはずがないじゃん!」
「私のバカーーー!」
月菜は自分の不用意な発言を呪いながら、机の上に突っ伏して真っ赤な顔を隠した。
そんな大慌ての月菜の隣で、じっとその黒色の布地を見つめていた陽菜が、人差し指でクイッと眼鏡を押し上げ、ぽつりと冷静な口調で呟いた。
「……なるほど。タクローさんへの誕生日アピール、および攻勢をかけるには、これくらい視覚的かつ過激な素材のほうが効果的、ということ?」
「陽菜まで変な納得の仕方しないでーーーっ!!」
月菜はガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、必死になって陽菜の言葉を否定する。
1時間目の予鈴が鳴りそうな緊迫感の中、彼女の羞恥心はピークに達していた。
「アピールとか攻勢とか、そういうのじゃないから! 私はただ、お兄ちゃんに普通にお祝いしてほしくて、普通に仲良くしたいだけで……!」
「へえー、普通に仲良く、ねぇ?」
「その『普通』の定義に、今朝のハプニングは含まれるの?」
星菜と陽菜、二人からの容赦のない追及に、月菜のキャパシティは完全に限界を迎えていた。
顔から湯気が出そうなほど真っ赤になり、もはや言葉にならない声を上げながら、必死にプレゼントの袋を通学鞄の奥底へと押し込んでいく。
1時間目の教科書を取り出すフリをして、厳重に隠蔽工作を図る。
「もう二人とも意地悪! ほら、もうすぐ1時間目が始まっちゃうから星菜ちゃんは自分のクラスに戻って!」
「あはは、怒った月菜ちゃんも可愛い♪ じゃあね、今日の夜の健闘を祈ってるよ♪」
「……月菜、もし何か進展があったら、お昼休みに一番に報告を。参考にするから」
「何の参考にするの!?」
キーンコーンカーンコーン……と、タイミングよく1時間目の予鈴が鳴り響く。
星菜がひらひらと手を振りながら嵐のように去っていく中、月菜は真っ赤な顔のまま、机の上の教科書を見つめて深いため息をついた。




