33話 月菜、ハピバっ!
「月菜ーっ! 起きろー!」
本日は10月5日。
我が妹、月菜の記念すべき誕生日である。
――しかし。肝心の主役はというと、未だに夢の国を全力で満喫中であった。
部屋のドアを何度ノックしても、返ってくるのは規則正しい寝息の気配だけ。完全なるスルーだ。
「さてさて。部屋に直接突入して起こすってのが、この手のイベントの王道だがな……」
あいにく、俺はその王道とやらで過去に何度も痛い目を見ている。
こういう役目は同性である母さんにお願いしたいところだが、残念ながら現在は長期出張中。
一応、誕生日当日ということで両親ともに夜には帰ってくるらしいが、それまで主役を寝かせておくわけにもいかない。
「しゃーない。……一撃食らうのは覚悟の上だ」
意を決して、俺は月菜の部屋のドアノブに手をかけ、ゆっくりと中に足を踏み入れた。
「月菜ーっ、起きろー!」
カーテンの隙間から朝の光が差し込む部屋。
ベッドへと視線を向けた瞬間、俺は「あー、やっぱりか」と内心で深くため息をついた。
十月の朝はそれなりに肌寒い。それなのに、月菜は掛け布団を綺麗に蹴飛ばして丸めていた。
それだけならまだしも、相変わらず寝相の悪さと無防備さに磨きがかかっている。
寝返りを打った拍子なのかパジャマのズボンはズレており、ピンクのあれが見えてしまっている。
さらに寝苦しかったのか胸元のボタンが二つほど外れており、寝返りで傾いた身体に合わせて、控えめな柔らかな膨らみが今にも零れ落ちそうなほど主張していた。
……うん、知ってた。こいつの寝相が壊滅的なのは今に始まったことじゃない。
兄に向かってこの無防備さはどうかと思うが、血のつながりがないから人によってはタブーを犯されるぞ?
「おーい、月菜。いつまでそんな破廉恥な格好で寝てんだ。風邪ひくぞ」
俺はためらいもなくベッドに近づくと、視線はそのままに、まずは乱れたパジャマのズボンを上げて、ピンクが見えないようにしてやった。
間近で見る月菜の寝顔は、一つ歳を重ねたとはいえ、まだまだあどけなさが残っている。
少し開いた桜色の唇から、すー、すー、と心地よさそうな吐息が漏れていた。
誕生日だしこのまま寝かせておきたい気もするが、今日は学校は絶賛開校中。
放置したら寝坊確定だな。
俺はため息混じりに、月菜の細い肩に手を伸ばして揺さぶった。
「ほら、起きろって。いつまで寝て――」
「ん、ぅ……おにぃ、ちゃん……?」
かすれた甘い声が響いた、と思った次の瞬間。
まだ半分夢の中にいる月菜が、寝ぼけた様子で俺の腕をきゅっと抱き込んできた。
「おいおい、前も似たような事あったよな?」
引き寄せられるように、俺の身体がベッドへと傾く。
そして俺の腕は、先ほど開いていた彼女のパジャマの隙間――柔らかい胸元に、すっぽりと挟み込まれる形になった。
肌越しに伝わる、柔らかくて、少し熱い感触。
健全な男子ならムフフな展開を期待するが、あいにく俺はまだまだ長生きしたいからそんな展開はないぞ。
「おい月菜、離せ。このままだと遅刻するぞ」
胸元の感触に呆れつつ、俺は自由な方の手で、月菜の柔らかい頬をつまんで引っ張った。
「ふぇ? ふにゃ……?」
頬を引っ張られたことで、月菜の長い睫毛がようやくぴくぴくと震え始める。
完全に停止していた思考回路が、ゆっくりと起動していくのが分かった。
寝ぼけ眼のまま、月菜はぼんやりと自分の胸元――そこにすっぽりと挟まれている俺の腕を見つめ、それからその腕の先にある俺の顔を見上げてくる。
「……おにぃ、ちゃん……?」
「おう、おはよう。やっと目が覚めたか。そして、誕生日おめでとな」
俺がいつも通りのトーンで声をかけると、月菜は数秒ほどフリーズした。
カチ、カチ、カチ……と、彼女の頭の中で現状が整理されていく。
自分がどんな格好で寝ていたか。
今、お兄ちゃんの腕をどこに抱き込んでいるか。
「…………っ!?」
みるみるうちに、月菜の顔が耳の付け根まで真っ赤に染まっていく。
完全覚醒の瞬間だ。
「きゃ、きゃあああっ!? も、もう、お兄ちゃんのえっちーーっ!」
月菜は可愛らしい悲鳴を上げると、慌てて俺の腕を離して、ベッドの上でシーツを頭まで被って丸くなってしまった。
布団の中から、真っ赤になった顔だけをぴょこんと覗かせて、うるうるとした瞳でこちらを見上げてくる。
「えっちって、お前が寝ぼけて俺の腕を引っ張り込んだんだろ」
「うぅ……そ、そうだったかも、だけど……。でも、目のやり場に困るとか、そういうのないの!?」
「毎度おなじみの光景だからな。ほら、早く着替えてリビングに来い。誕生日早々、遅刻確定コースになりたいか?」
俺がやれやれと肩をすくめて部屋を出ようとすると、シーツの中から「あ、待って!」と慌てた声が追いかけてきた。
「お兄ちゃん、あのね……!」
「ん? なんだ?」
振り返ると、月菜はシーツから抜け出して、ズボンの裾をもじもじと整えながら、照れくさそうに、でも嬉しそうににこっと微笑んだ。
「お誕生日、一番におめでとうって言ってくれてありがと。……おはよ、お兄ちゃん!」
朝から無防備すぎる妹の洗礼を食らったが、まあ、いつもの賑やかで愛らしい日常のスタートだ。
俺は「早く来いよ」と苦笑しながら、今度こそ月菜の部屋を後にした。




