32話 孤高の星は、夜を越えられない⑨
――ガガガガガガガガガッ!!!
無数の触手の豪雨が、容赦なく冥夜の身体へと突き刺さる。
倉庫街のコンクリートが激しく爆ぜ、巻き上がった土煙が彼の姿を完全に覆い隠した。
「お兄ちゃんっ!!」
星菜が絶望の悲鳴を上げる。エヴァの結界すら容易く粉砕した破壊の濁流だ。
直撃すれば、骨も残らず肉片へと変わる。
ニブラの少年は、その土煙を見つめながら勝ち誇ったように狂笑した。
『あははははっ! 口ほどにもないや! どれだけ偉そうなことを言ったって、結局はただの人間――』
「《因果》――第三権能」
土煙の奥から、少年の嘲笑を遮るように、どこまでも冷徹な声が響いた。
『――え?』
「《減衰》」
突如、激しい風が吹き荒れ、土煙が一瞬で吹き飛ばされる。
そこに佇んでいたのは、衣服に掠り傷一つ負っていない冥夜の姿だった。
彼の手にする漆黒の連結棒は、淡い白の光を放ちながら、少年の放った何百本もの触手を全てその身で受け止めていた。
本来なら肉体を消し飛ばすはずの攻撃。
しかし冥夜の異能は、受け止めた全ての衝撃をその場で半分、さらにその半分へと『減衰』させ、完全に無力化していたのだ。
「守りに特化すれば、君の攻撃なんてこの程度だよ」
『な、なんだそれ……っ! そんなのあり得ない! ボクの攻撃が、全部消された……!?』
少年が初めて、その顔に本物の戦慄を浮かべる。
しかし、冥夜の冷徹な瞳は、すでに次の段階を見据えていた。
「消したんじゃない。――『保存』したんだ」
ドクン、と冥夜の連結棒が不気味に脈打つ。
《減衰》させたとはいえ、何百本もの触手が放ったエネルギーの総量は凄まじい。
漆黒の棒には、今や少年の全力をも遥かに凌駕するほどの結果が限界ギリギリまで蓄積されていた。
冥夜の腕の肌に、負荷に耐えるような微細な血管が浮かび上がる。
「これで終わりだよ」
冥夜は連結棒を両手で強く握り直し、腰を深く落とした。
「《因果応報》――第二権能・《倍加》」
カチ、と世界が止まるような錯覚。
保存された膨大な衝撃エネルギーが、冥夜の熟練度によってさらに数倍へと増幅され、漆黒の棒の先端へと集束していく。キィィィンと空間が悲鳴を上げるような高周波が響き渡る。
『ひっ――、いやだ、来るな、来るなぁぁぁっ!!』
本能的な死の恐怖に支配された少年は、残された全魔力を振り絞り、自身の身体を何重もの肉厚な触手の壁で覆い隠した。
それは先ほどエヴァを絶望させた、絶対的な防御の塊。
だが――そんなものは、今の冥夜の前には塵に等しい。
「――消し飛べ」
冥夜の身体がブレた。
次の瞬間、彼は少年の目の前へと完全に肉薄していた。目にも留まらぬ速さで繰り出される、漆黒の長棍の一閃。
――オオオオオオオオオオオオオオッ!!!!
それは純粋な『衝撃の解放』だった。
少年が必死に築き上げた何重もの触手の防壁は、冥夜の棒が触れた瞬間に、まるでガラス細工のように跡形もなく粉砕された。倍加された圧倒的な質量の暴力が、少年の身体を正面から容赦なく突き抜ける。
『あ、が――、あは、は……っ!?』
絶叫すら、衝撃の波に掻き消された。
少年の身体は、自らが放ち、冥夜によって何倍にも膨れ上がらされた衝撃によって、細胞の一つ一つから内部崩壊を起こしていく。
ドゴォォォォォンッ!!!
倉庫街の奥の壁まで吹き飛んだ少年の身体は、そのまま闇の霧へと変わり、夜空へとサラサラと霧散していった。
あとに残されたのは、ただ静まり返った夜の空気と、激しい戦闘で完全に抉れたコンクリートのクレーターだけだった。
ーー圧倒。
誰もが言葉を失うほどの、完璧なまでの蹂躙だった。
「……ふぅ」
冥夜は静かに息を吐き出すと、手にした長棍を素早い手並みで三本の短棒へと分解し、ベルトのホルダーへと収めた。
何事もなかったかのように振り返った彼の表情は、先ほどまでの極寒の怒りが嘘のように穏やかなそのものである。
「大した事ないね」
そう言って微笑む兄の姿に、星菜はただ呆然と立ち尽くし、月菜らは息を呑んでその圧倒的な強さの余韻に震えていた。




