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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
10月

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32話 孤高の星は、夜を越えられない⑦






―――――







「(また、あたし……守られてる。それも、お父さんとお母さんの仇であるはずの、魔術師に――)」


 光の結界の内側で星菜は涙の滲む瞳でエヴァの背中を見つめていた。


 その視線の先では、ニブラの少年とエヴァによる、常人では視認すら不可能な超高密度・超高速の魔術戦闘がさらに激化していた。


「はぁ、はぁ……っ。随分と威勢が良かった割には、手も足も出ないほどに弱りましたね?」


 エヴァはカードを指先で操り、息を荒くしながらも、あえて不敵な笑みを崩さずに少年を睨みつける。


 だが、対するニブラの少年は、全身を光に焼かれ、黒い血を流しながらも、その邪悪な瞳の奥に確信に満ちた愉悦を宿していた。


『あはははっ! 強がっちゃってさぁ! おかしいと思ったんだよ、そんなデタラメな力、いつまでも維持できるわけがない。もうすぐタイムリミットが来るでしょ?』


「……っ」


『図星だね! いいよ、だったらその限界が来るまで、僕は徹底的に防御に徹させてもらうさ!』


(くっ……完全に、見抜かれていますね……!)


 エヴァの肌に浮かび上がる魔術回路が、悲鳴を上げるように熱く明滅する。


 およそ半年近く全力の戦闘を行わず、現在の身体でこれほどの大魔力を使用し続けているのだ。

 

 彼女の肉体は、とうに限界を割り込んでいる。

 体力が尽きれば振り出しに戻る。

 それはすなわち、全員の死を意味していた。


 ならば――


「陽菜ちゃん、月菜さんっ! 今のうちに星菜ちゃんを連れて、ここから全力で離れなさい!!」


「そんなっ! それじゃあ、エヴァさんはどうするんですか――っ!?」


 結界の奥から月菜が悲痛な叫びを上げる。エヴァは激しい反動に耐えながら、振り返って彼女たちに向けて、満面の笑みを浮かべてみせた。


「私は大丈夫です。言ったでしょう? 私は、とっても『強い魔術師』なのですから」


 ――嘘だった。


 エヴァの言葉は、あまりにも切ない虚勢に過ぎない。

 限界が近いことは、そのはだけた衣服の隙間から見える、今にも消え入りそうな魔術回路の光を見れば一目瞭然だった。

 彼女は三人を確実に逃がす為に自らが盾となってここに残る気なのだ。


「そんなの……嫌です……っ!」


「……行くよ、月菜」


 涙を流して拒絶しようとする月菜の肩を、陽菜が強く掴んだ。


 戦闘の衝撃で魔装を引き裂かれ、白く滑らかな太ももや素肌を夜風に晒したボロボロの状態でありながらも、陽菜の瞳には冷徹なまでの現実的な光が宿っていた。


 陽菜は動かない身体に鞭を打ち、昏睡から目覚めたばかりの星菜をその細い腕で強引に抱きかかえる。


「陽菜……!?」


「ここに残っても足手まといになるだけ。エヴァの覚悟を無駄にしないで……走るよ!」


 胸元を隠す余裕すらなく、恥辱と痛みに耐えながら、陽菜は星菜を抱えて走り出そうとした。


『あははは! 逃がさないよぉっ! キミたちが逃げたら、僕の楽しみが減っちゃうじゃないか!』


 ニブラの少年が狂ったように叫ぶ。


 エヴァの猛攻を肉壁で強引に防ぎ、すり潰されながらも、少年は残された最後の触手を一本の巨大な黒い杭へと変貌させ、陽菜たちが逃げようとする退路へと狂暴に突き出した。


 星菜を抱えたままの陽菜では、それを回避する術はない。


「言ったはずです……っ、させないと!!」


 エヴァが叫び、手にした白銀のカードを空間に強く叩きつける。


 限界を迎えた魔術回路がパキンと音を立てて弾け、彼女の口から鮮血が溢れた。

 それでもエヴァは己の肉体の限界を無視して、陽菜たちの前に最後の、最も強固な光の結界を展開する。


 ズガァァァァァン!!!


 少年の放った黒い杭が結界に激突し、激しい衝撃波が倉庫街を揺らす。


 結界は持ち堪えた。

 しかし、それと同時に――エヴァの背中の純白の光の翼が、ガラスが割れるような音を立てて、唐突に霧散した。


「がはっ……、はぁ……っ、あ……」


 完全に魔力が底を突き、はだけた衣服のまま、力なくコンクリートの地面へと膝をつくエヴァ。

 肌に刻まれていた黄金の魔術回路は完全に消失し、彼女の手から白銀のカードがハラリと滑り落ちた。


『あはははは! 終わった! ついに電池切れだね、お姉さん! あんなに偉そうにしていたのに、最後はやっぱり僕のおもちゃになるんだ!』


 少年が勝ち誇った笑声を上げ、無防備になったエヴァの、豊かな胸元や細い四肢を目がけて、ねっとりとしたドロドロの触手を伸ばす。

 先ほど以上の、陵辱と絶望の波がエヴァに迫る。


「……ここまで、ですか……。ごめんなさい、みんな……」


 エヴァが悔しさに唇を噛み、静かに瞳を閉じようとした――その時。


 陽菜の腕の中からすり抜け、ひび割れたコンクリートの上に自らの足でしっかりと、星菜が立ち上がった。


「え……? 星菜、ちゃん……?」


 驚愕する月菜たちの前で、星菜はエヴァを庇うように両腕を広げ、声を張り上げる。


「このクソ野郎っ!! エヴァを離しやがれっ!! やるならあたしをやりなさいよっ!!」


『へぇ、あれだけ酷い目に遭ってきたのに、まだ懲りないんだね。今の戦いで少しお腹が空いたところだしさぁ。いいよ、キミのその美味しくてドロドロした負の感情を、もう一度残さずいただこうかな!』


 ニブラの少年は狂気に満ちた笑みを歪め、弾かれたように星菜へと飛びかかった。


「しまっ、星菜ちゃんっ!?」


 咄嗟にエヴァは結界を張ろうとするも、枯渇した魔力では術式が上手く形にならない。


 迫る黒い影。死の爪牙が星菜に届くよりも早く、二つの影がその前に割り込んだ。


「陽菜、守るよ!」

「無論」


 衣服を破かれ、満身創痍の月菜と陽菜。

 二人は息を荒くしながらも、その身を盾にするようにして星菜の前に立ち塞がった。


 もう、誰も動けない。誰も戦えない。


 絶体絶命の暗黒が少女たちを呑み込もうとした瞬間、星菜は固く目をとじ、心の中で強く、強くその名を叫んでいた。


(お願い……助けて……お兄ちゃん……っ!!)


 





「――僕の妹に、何をしているんだい?」


 直後、凛とした少年の声が響き渡ると同時に、この場の『空気』が文字通り一変した。




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