32話 孤高の星は、夜を越えられない⑥
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「――――受け入れるしか、やむなしか」
それは、今から十年ほど前のこと。
古来よりこの日の国には、闇に蠢く魔を狩る専門職――【破魔士】と呼ばれる者たちが存在していた。
しかし時代の流れとともに、北欧から未知のシステムである【魔術】が急速に流入。
洗練された魔術師たちの台頭により、破魔士たちの役割は日ごとに失われつつあった。
『長、我々はどう動きますか? 西の連中は魔術師どもに断固抵抗の構えを見せておりますが、他の破魔士たちの多くもそれに同調する意見が大半を占めております』
元来、東の破魔士一族は【ササキ】の家系がその総本山として束ねていた。
血気盛んで武闘派の多い西の破魔士たちとは違い、東を統べるササキの長は、いち早く魔術師側との対話を進めていた。
「ダメだ。我々はあくまで魔を狩る者。人と敵対するべからず、だ」
『しかし、あちらの魔術師どもが素直に対話に応じますかね?』
対話はあくまでササキの一存。
当然、伝統を重んじる配下の破魔士たちの中に、不満を抱く者が多数存在しているのが現状だった。
「分からない。だがな、この先血を見るようなことになれば、この子たちの未来によくない……」
長の視線の先――そこでは、まだ幼い頃の冥夜と星菜の二人が無邪気に笑いながら寄り添って遊んでいた。
『冥夜様は大層な才能をお持ちだ。いずれはササキを背負って立つ傑物になられましょう。……ですが、星菜様は……』
報告を入れていた部下たちが、ふと歯切れ悪く顔を背ける。
そう、妹の星菜には、破魔士として戦うための力――すなわち、魔力等といった類が、一切備わっていなかったのだ。
「それがどうした?」
ササキの長は、ジロリと部下たちを鋭く睨みつけた。
『い、いえ……滅相もございませんっ』
「星菜は普通の子として生きればいい。他愛のない友達を作り、学校へ行き、普通の仕事をして、やがては素敵な男と出会って花嫁姿を……ぐ、うう、け、けけけっ……!!」
『お、長ぁ!?』
愛娘の将来の花嫁姿を勝手に想像し、あまりのショックにガタガタと震え出す長。そんな情けない夫の頭を、隣にいた妻がパシィィン! と容赦なくはたいた。
「こら、何震えてんのよ。あたしたちにとって、星菜はまさに星のように輝いてる宝物なの。親なら笑顔で送り出してあげなさい」
「あ、あぁ……そうだな。それに、一生結婚しないって可能性だって大いにあるしな!」
「アンタって人は本当に……。それにね、冥夜にもササキを継がせるつもりなんてないから」
『な、何を言っておられるのですか、奥方様!?』
「当たり前でしょ。こんな危険で血生臭い仕事、冥夜にだってさせたくないわ。破魔士としてのササキは、あたしたちの代で廃業よ」
『そ、そうなれば我々はどうなるのですか!?』
「うーん……魔術師たちの傘下にでも入る? 破魔士自体、どんどん人が減ってきているみたいだしねぇ」
『我々誇り高き破魔士を、一般企業と一緒にしないでいただきたい! 長からも何か言ってやってください!』
「まぁまぁ。冥夜が大人になるのはまだまだ先だ。大きくなってから本人が決めればいいさ。とりあえず今は――我々の子どもたちが、安心して未来を生きられる道を作ってやることだ」
それが、ササキの長夫婦の、不器用で、けれどどこまでも深い親の愛だった。
――けれど。
そんな温かな日常は、あまりにも唐突に、残酷な血の味とともに崩壊した。
忘れもしない、嵐の夜。
まだ幼かった星菜の記憶に生々しく焼き付いているのは、魔術師側との歴史的な対談に臨む、まさに前日の夜。
身を寄せていた静かな旅亭の光景だった。
対話を望み、完全に無抵抗の姿勢を示していた両親の前に現れたのは、冷酷な魔術師たちの一団。
彼らはササキの秘めたる力を危険視し、和睦の交渉など最初からただの形に過ぎず――東の総本山を『根絶やし』にするために牙を剥いたのだ。
「星菜……! 冥夜と一緒に、絶対に生き延びるのよ……っ!」
それが、血を流しながら自分を庇ってくれた、母の最後の言葉。
圧倒的な魔術の暴力の前に、優しかった両親の命はすべて、容赦なく蹂躙され、奪い去られた。
「あ、ああ……お父さん……お母さん……っ!!」
目の前で冷たくなっていく両親の身体。
自分の無力さ。魔力を持たない自分が、大好きな家族を、日常を、何一つ守れなかったという絶望。
しかし、あまりにも残酷な運命は、幼い兄妹にさらなる追い打ちをかける――。
――激動の夜が明け、ササキ邸。
『冥夜様っ!! 今こそ父君と母君の仇を討つ時です! 魔術師どもにササキの恐ろしさを思い知らせてやりましょう!!』
両親の急逝により、東の破魔士の新たな当主となったのは、兄の冥夜。
まだ、わずか六歳の頃である。
血気盛んな大人たちの憎悪が幼い新当主に集中する中、六歳の少年は、震える小さな拳を握りしめて静かに首を振った。
「ダメだ。……魔術師側からもすでに説明があっただろう。あれは一部の過激派が暴走して起きた事件だと。犯人たちも、すぐに全員処罰された」
『そんな、向こうの都合の良い嘘を信じるというのですか!?』
「父の遺言にも……『争うべからず、対話せよ』と残されてある。……和睦だ。これ以上の連鎖は、父も母も望まない」
まだ幼い少年が、どれほどの覚悟でその言葉を紡いだか。
だが、復讐に燃える大人たちに、少年の悲痛な決意が届くことはなかった。
『……承知しました。今を以て我々は、ここを離れ、西の破魔士たちと合流させていただきます。あなたのような売国奴のガキに、付いていく者はここにはおりません』
「…………」
『沈黙は承知と受け取らせていただきます。それでは――御免』
罵倒の言葉を残し、かつて両親を慕っていた破魔士たちが、ゾロゾロと無情にササキ邸を後にしていく。
急速に静まり返っていく屋敷の中で、星菜はたまらず兄の袖を引いた。
「お、お兄ちゃん……」
「……いいんだ、星菜。僕はまだ子どもだから、誰も付いてきてくれない。……僕は、アイツみたいに強くないしね」
ぽつりと呟いた冥夜の目からは、かつての光が完全に消え失せていた。
そのひどく寂しそうな横顔を見て、星菜は胸を締め付けられながらも、必死に声を張り上げた。
「あ、あたしも頑張る! 頑張って、お兄ちゃんと一緒にササキを支えるよ……!」
だけど、冥夜は妹の言葉に、ただ弱々しく首を振るだけだった。
「……無理だよ。星菜は、普通の女の子として過ごしなさい」
それは、両親の遺志を継いだ、兄なりの優しい配慮だったのかもしれない。
だが、ただでさえ無力さに絶望していた幼い星菜にとって、その言葉は、まるで自分の存在そのものを否定されたかのように重く、痛かった。
「無理じゃないもんっ!! お兄ちゃんのばかぁっ!!!!」
涙を流しながら叫び、そのまま走り去ったあの日。
すれ違ってしまった兄妹の心。
こうして、現在に至るまで、冥夜と星菜との間の深い確執は、呪いのように残り続けているのだ――。




