32話 孤高の星は、夜を越えられない
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――異変に気づいたのは、目的地である倉庫街の数キロ手前、上空を滑空している時だった。
「待ってください……私の結界網に妙な魔力残滓が引っかかりました」
先頭を飛んでいたエヴァが唐突に速度を落とし、鋭い制止の声を上げる。
「この悍ましい気配……まさか、もう見つかっちゃたの!?」
「そんなはずはない。私たちの作戦時間にはまだ早すぎる。それにこの場にいるはずのない魔力がもう一つ――」
陽菜が言葉を途中で切らせ、ハッと目を見開いた。その視線の先、夜の倉庫街の一角から、夜空を焦がすような凄まじい魔力の爆発が立ち上り、そして――不自然なほど一瞬で、完全に掻き消えた。
「嘘……これ、星菜ちゃんの魔力……!?」
月菜の顔から、一気に血の気が引いていく。
守るために遠ざけたはずの星菜の魔力の気配がそこにあった。
「急ぎましょう、二人とも!!」
三人は隠密体制をかなぐり捨て、魔力を最大まで解放して現場へと急行した。風を狂暴に切り裂き、コンクリートの地面に着地する。
だが、同時に飛び込んできたのは、最悪という言葉すら生ぬるい絶望の光景だった。
「……ぁ……あ…………」
ひび割れたアスファルトに転がっていたのは、武器であるハンマー。
そのすぐ傍らで、魔装を強制解除され、ボロボロの衣服を血に染めて倒れ伏している星菜の姿があった。
「星菜ちゃん!!」
月菜は悲鳴のような声を上げて駆け寄り、その痛々しい身体を抱き起こした。
全身傷だらけで、辛うじて呼吸はある。だが、その身体からは、かつての誇り高い魔力の気配が綺麗さっぱり消え失せていた。
「つ、月……菜ちゃん……? 陽……菜、ちゃんも……」
激しい足音に、星菜が拒絶するようにきつく閉じていた瞼を、奇跡的にうっすらと開けた。
焦点の定まらない虚ろな瞳が、涙をボロボロと溢れさせる月菜の顔を捉える。
「駄目……動いちゃ、ダメだよ、星菜ちゃん! 今エヴァさん、が治癒魔術を――」
「いや……だ……。あたしは、まだ……あいつに……っ」
星菜は溢れそうになる涙を堪えるように、血の気の失せた唇を強く噛み締めた。
指先ひとつ動かせないほどの重傷を負いながらも、その瞳には未だに消えぬ憎悪と――それ以上に、己の無力さに対する凄まじい悔しさが込み上げていた。
「悔しい……っ。あんな奴に……私の、すべてを否定されて……っ。私、また、何も……っ!」
へし折られたプライド。届かなかった復讐。
星菜は血の混じった唾を吐き捨てるように、掠れた声で痛切な呪詛を吐き出すと、そのまま耐えきれずにガクリと首を傾げ、深い昏睡へと落ちていった。
「星菜ちゃん! 星菜ちゃん!!」
月菜の悲痛な叫びが、冷たい倉庫街に虚しく響き渡る。
『あはは! 最高だねぇ。少し遅かったよみんな。もしかして奇襲をかけようとしたのかな? 残念、わざと君たちを誘い出したんだよね。この子が来たのは意外だったけど」
コンテナの上から、鈴を転がすような少年特有の高い笑い声が降ってきた。
ニブラの少年は、月明かりの下で退屈そうに髪を弄りながら、おもちゃを壊した子供のような無邪気さで月菜たちを見下ろしている。
その背後では負の感情を貪り喰った触手たちが、満足げにウネウネと粘着質な音を立てて蠢いていた。
『一応、命だけは残しておいてあげたよ。だって、その方が目が覚めたとき、自分の無力さにまた極上の絶望をしてくれるでしょ? いやぁ、それにしても美味しかったなぁ。復讐心にまみれた魔法少女の負の感情って、どうしてこんなにゾクゾクするんだろうね』
少年がパチンと指を鳴らす。
それだけで、周囲の空間がぐにゃりと歪み、エヴァの張った結界の残骸すらも一瞬で消し飛ばしてしまった。
さっきまでとは比べ物にならない、圧倒的な絶望のプレッシャーが重低音のように倉庫街を支配する。
「よくも星菜ちゃんを……!」
エヴァが今までにないほどの激昂を瞳の奥に宿し、カードを構える。
陽菜もまた、倒れた星菜を守るように立ち塞がり、奥歯を軋ませながら臨戦態勢をとった。
「絶対に、許さない……」
星菜をそっと地面に横たえ、月菜がゆっくりと立ち上がる。
その小さな肩は、激しい怒りと殺意で小刻みに震えていた。
明日誕生日を迎えるはずの少女の前に最大の強敵が立ちはだかっていた。




