31話 負を喰らう少年。⑧
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「――時に皆の衆。例の【負をモトム少年】についての進捗状況はどうなっているのだ?」
放課後の気だるい空気が満ちる部室。
ユウゲンが「緊急ミーティングを行う!」と大層な声を張り上げて招集をかけたかと思えば、またしてもあの正体不明な謎の少年についての議題だった。
窓際のパイプ椅子に深く腰掛けたミアはめんどくさそうにスマホを操作しながら、パチパチと瞬きをする。
「え、ユウゲン。まだその話続けてたの? 物好きねぇ」
「当たり前だ! 事件が綺麗に解決するまでがミステリー、それが我がオカルト研究部の存在意義なのだからな!」
「悪いが、ここ数日近所のスーパーでいい感じの夕方タイムセールが続いていたからな……。晩飯の買い出しで手一杯で、俺の方には何一つ進展はないぞ」
「同じく! 俺も昨日発売された新作のゲームを消化するのに超忙しかったから、有力な情報は何もないぜ!」
俺とショージが並んで堂々と胸を張ると、ユウゲンはチッとあからさまに舌を鳴らした。
「ふむ。タクローの切実な主夫事情は百歩譲って仕方がないとして……ショージ。お前は完全にアウトである。減点処分だ」
「何でぇ!!? タクローへの判定だけ妙に甘すぎだろ!?」
「うるせぇ。百パーセント自分の趣味でサボってたお前と一緒にするな。生活がかかってるんだよ、こっちは」
ショージの理不尽な抗議を鼻で笑い飛ばしていると、ミアがふと画面から顔を上げて、綺麗な唇を小さく開いた。
「まぁまぁ、男子たち静かに。一応私は独自のネットワークを駆使して色んな人に聞いてみたんだけど、具体的な目撃情報はまだね。……ただ、ちょっと気になる噂なら仕入れたわ。中等部の、確か月菜ちゃんのクラスで、急にキレて暴れ出した生徒がいたらしいわよ」
「――ちょっと待て。そんな話、月菜から聞いてないぞ!?」
思わず椅子がガタリと音を立てるほど身を乗り出してしまった。
月菜のクラスでそんな不穏なトラブルがあったなんて、兄として完全に初耳だ。もし月菜が巻き込まれでもしていたらと思うと、心臓が嫌な跳ね方をする。
「あら、そうなの? 何やら本当にちょっとした口喧嘩がきっかけだったみたいだけど、相手に掴みかかるくらい激しく暴れた子がいたみたい。その生徒、精神的に不安定になっちゃったみたいで、今は学校を休んでるらしいけど……」
「よし! ならば今からその生徒の自宅へ突撃し、直接事情聴取を行おうではないか! これぞオカ研の初陣! 皆の者、我が背中に続くのだ!」
ユウゲンが勢いよく立ち上がって天井に向けて拳を掲げるが、当然のように誰も席を立とうとはしなかった。冷ややかな沈黙が部室を支配する。
「続くわけねぇだろ。あちらの親御さんに大迷惑がかかるだろうが」
「む……」
「それ以前に考えてみろ。見知らぬ中等部の生徒が不登校になってるデリケートなご自宅へ、怪しい高等部生がぞろぞろ訪問してみろ。親御さんだってびっくりするし、最悪の場合、不審者情報として即座に警察に通報されて終わりだわ」
「ふむ。タクローの言い分にも一理あるな。極めて常識的な判断だ、やめておこう」
あっさりと前言を撤回し、ユウゲンは悠々と椅子に座り直した。本当に大雑把というか、行動力のベクトルが極端な男である。
だが、ショージがふと神妙な顔つきになって、顎に手を当てながら低めの声で呟いた。
「でもよぉ、そう言われてみれば最近、学校を休む奴が妙に増えたよな? 俺たちのクラスでも、今週に入ってから何人か体調を崩して休んでるみたいだぜ」
言われてみれば、確かにそうだ。俺のクラスでも、二、三人ほどが立て続けに体調不良を訴えて欠席している。ただの風邪の流行にしては、どうにもタイミングが良すぎる気がしていた。
「そうね、言われてみればウチの周りでも同じような話を聞くわ。風邪が流行ってる雰囲気でもないのに、他のクラスでも同じような欠席者が出てるみたいだし」
「むむ。そういえば、アズマ総合病院のデータでも、我が校の生徒が数名、極度の精神的疲弊――いわゆる強烈なストレスによる体調不良で緊急入院したと報告が上がっていたな」
……待て。さらっと重要な個人情報っぽい話を流しそうになったが、アズマの家って総合病院まで経営してるのかよ。
アズマグループ、どれだけ手広くやってるんだ。
財力と規模が底知れなさすぎて、ちょっと背筋が寒くなる。
「うーん、手がかりがそれだけバラバラだと、やっぱり俺たちも夜の街を歩き回って地道に夜回り調査するしかないかー?」
「冗談。そんなの絶対に嫌よ。私は部活動の時間外での労働行動はしたくない主義なの」
ショージの脳筋な提案を、ミアが即座にバッサリと切り捨てる。
「俺もミアに賛成だな。悪いが今夜はパスだ。明日に向けて色々と買い出しとか、仕込みやらしなきゃだから、とにかく忙しいんだよ」
「なるほど。そういえば明日は、月菜ちゃんの誕生日であったな」
「……おい。何でお前が月菜の誕生日まで把握してんだよ?」
ジロリとユウゲンを鋭い視線で睨みつけると、彼はフッ、と不敵な笑みを浮かべてみせた。
「それは我がアズマだからであるな」
「全然説明になってねぇよ。プライバシーの侵害で訴えるぞ」
「ならば仕方がない。今夜の夜間パトロールは我とショージの二人で行くしかないか」
「嫌だっ!!! 何が悲しくて男二人きりで夜の怪しい街をデートしなきゃならないんだよ!?」
「よいではないか。我一人では、暗い路地裏を歩くのが少し寂しいであろう?」
「そっちの意味で寂しがるな! ガチっぽくて怖いんだよ!」
ガッとユウゲンにヘッドロック気味に首を組まれ、ショージが本気で嫌そうな声を上げる。男二人の不毛なじゃれ合いが繰り広げられた、その時だった。
――バァァァンッ!!!
空き教室のドアが、まるで蹴破られたかと思うほどの勢いで派手に開け放たれた。
そこに立っていたのは、肩で荒い息を切らし、目を血走らせている女子生徒――田中さんだった。
「そ、そんな眼福なボーイズラブの波動……じゃなくて! 健全なる我が校の敷地内において、不純な校則違反をしてはいけませんよ!!」
「どうした、田中。息を荒くして……。ここは君が所属する日文研の部室ではないぞ?」
ユウゲンが組んでいたショージの肩をそっと離し、心底不思議そうに首を傾げる。対する田中さんは、ふんす、と鼻息を荒くしながら乱れた前髪を直した。
「それは重々承知しています! たまたま通りすがった際に、放課後の教室から不健全な非行に走ろうとする不届き者たちの不穏な声が聞こえてきたので、こうして正義の鉄槌を下しに入ってきたのですよ!」
「ふん、人聞きが悪いな。非行ではない、これは我がオカルト研究部における正当な夜間調査だ!」
「ユウゲン、そこは大人しく黙っとけ。田中さんは多分、お前が言っているその夜間調査ってやつを非行って言いたいんだと思うぞ」
俺が呆れ半分で突っ込みを入れると、ショージが「そうだそうだ!」と激しく同意してユウゲンから距離を取る。
一方で、田中さんは「夜間調査……男二人で夜の帳へ消える……」などと不穏なワードをブツブツと呟きながら、どこか上の空で頬を赤らめ始めていた。
どうやら彼女の頭の中では、俺たちの預かり知らぬ妄想が爆発しているらしい。




