31話 負を喰らう少年。⑦
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「――予定通り、今夜エヴァが指定した場所に向かう予定だけど、そっちの準備は問題ない?」
午後の授業の合間、騒がしい教室を抜け出した二人の姿は、校舎の裏手にある人気のない中庭にあった。
自動販売機の影に身を潜めるようにして、陽菜はいつもと変わらない冷静な声音で、今夜決行される打倒ニブラの少年のについて確認を入れていた。
「う、うん。大丈夫、いつでも行けるよ!」
「……? どうしたの、月菜。妙に落ち着きがないけれど」
どこか上の空で、慌てて背筋を伸ばした月菜の様子を、陽菜は不思議そうにじっと見つめた。切れ上がった瞳に、かすかな疑問のの色が浮かぶ。
「あはは……。いや、本当にどうでもいいことなんだけどね? ただ……ちょっとだけ、明日私の誕生日だなぁーって、思い出したらソワソワしちゃって」
月菜ははにかむように頭を掻いた。今朝、兄のタクローから「明日の飯は何がいい?」と聞かれたこともあって、頭の片隅がどうしてもお祝いモードに引っ張られてしまっていたのだ。
「そう。なら、明日何か良いプレゼントを買っておくね」
「ええっ、そんなそんな! 違うの! プレゼントを催促したみたいになっちゃって悪いよ!」
陽菜から返ってきた思いがけない言葉に、月菜は両手をぶんぶんと振って恐縮した。
しかし、陽菜はからかう風でもなく、真剣極まりない、どこか遠い目をして月菜を見つめ返す。
「そんなこと気にしなくていい。……誕生日は大事。一年に一度しかない、本当に大切な日だから」
「よ、陽菜……?」
陽菜の声音に、普段のクールさとは違う、どこか切実な響きを感じ取って、月菜は気圧されたように瞬きを繰り返した。
そして、小さく微笑む。
「なら、なおさらね。今夜のうちにあの少年を確実に仕留めて、明日は何の後憂もなく、気兼ねなくタクローさんに祝ってもらわないと」
「陽菜……ありがとう! うん、今夜は絶対に負けられないね!」
陽菜の頼もしい言葉に、月菜の胸の奥がじんわりと温かくなる。
「あ、因みにさ、陽菜の誕生日はいつなの?」
「私? 私は――1月7日」
「よし、分かった! じゃあ、私もその日が来たら、陽菜に絶対にとっておきなプレゼントを買ってくるからね!」
「そんな、気を遣わなくてもいいのに……」
「ふふん、さっき私に言ってくれた温かい言葉を、そのままそっくり返すよ!」
月菜が胸を張って無邪気に笑うと、陽菜は少し困ったように、けれど嬉しそうに目を細めた。
今夜の決戦を前に、二人の絆はより一層強固なものへと変わっていく。
――だが。
そんな微笑ましい少女たちの会話を、冷たい沈黙の中でじっと盗み聞いている影があった。
校舎の物陰。日光の届かない暗がりに身を潜め、完全に気配を殺していたのは――星菜だった。
(……見つけた。今夜、エヴァが指定した場所……)
星菜は、きつく、爪が手の平に食い込むほどに拳を握りしめていた。
エヴァたちが、自分の知らないところでニブラの少年の捜索を進めていることは薄々感づいていた。
そして、自分がその情報から完全に蚊帳の外に置かれていることも。
エヴァたちの配慮は分かっている。
あの少年のことになると、自分が理性を失って激昂してしまうから、危険に晒さないためにあえて隠しているのだろう。
だが――それとこれとは話が別だ。
(あのニブラだけは……あいつだけは、あたしの手で、絶対に……!)
脳裏に過るのは、かつてあの少年に手も足も出ず、完膚なきまでに叩きのめされた屈辱の記憶。
圧倒的な力の差、嘲笑うような少年の顔、そして大切なものを蹂躙されたあの時の激しい怒りが、星菜の胸の奥で黒い炎となってパチパチと燃え上がる。
エヴァたちが今夜、あの少年を一網打尽にするつもりなのは分かった。
けれど、星菜自身のこの手で、あの少年の歪んだ笑顔を叩き割り、因縁に決着をつけなければ、彼女の時間は止まったままなのだ。
(二人が動くのは、夜。……なら、それよりも前に私が先回りして、あの少年を引きずり出してやる)
壁に背を預けたまま、星菜は深く息を吸い込み、高鳴る鼓動を抑え込んだ。
月菜と陽菜の打ち合わせは、作戦の細かい集合場所へと移りつつある。
星菜はその地名を一つも聞き漏らさないよう、全神経を耳に集中させた。
「ーー以上。遅刻は厳禁。遅れるときは連絡を」
「うん、分かった!」
今夜、エヴァたちの作戦が始まるその裏で、星菜の個人的な復讐の歯車が、静かに、そして暴走を孕みながら回り始めようとしていた。




