31話 負を喰らう少年。⑥
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「――大丈夫ですか!?」
少年が闇に消え去った直後、夜空から一筋の光が舞い降りた。
遅れて合流したのは、別行動していたエヴァだった。しかし、周囲を見渡してもすでに敵の気配はない。
あるのは、切り裂かれた陽菜の魔装の残骸と、壁に刻まれた生々しい戦闘の痕跡だけだ。
「遅くなりました……! 陽菜ちゃん、月菜さん、無事ですか!?」
「何とか。人質の女の子も無事」
陽菜は魔装を解除し、壁際に寝かせた少女を顎で示した。
「よかった……。それにしても、ニブラの少年に遭遇したのですね。一体何があったのですか?」
エヴァの問いかけに、月菜と陽菜は顔を見合わせ、事の顛末をかいつまんで説明した。陽菜が人質を取られて窮地に陥ったこと。月菜の機転で救出できたこと。そして――。
「……あの少年、私を見た瞬間、急に『負の感情がない』ってパニックになって逃げてっちゃったんだよね」
月菜が不思議そうに首を傾げると、エヴァは驚愕のあまり言葉を失った。
「負の感情が、一切ない……? 月菜ちゃんにですか?」
「ええ。あいつ、完全に月菜を見てバグっていたわ。怒りや憎しみを糧にするニブラにとって、月菜は存在そのものが天敵のようなもの。だから興が削がれて撤退したっぽい」
陽菜の冷静な分析に、エヴァはまじまじと月菜の顔を見つめた。
「なるほど……。月菜ちゃんが普段から純粋で真っ直ぐなのは知っていましたが、まさかニブラを退けるほどの特異体質だったとは。ですが、今回はそれで助かりましたね」
「なんか腑に落ちないけどなぁ……」
月菜が複雑そうな表情で呟くのをスルーし、エヴァは表情をキリッと引き締めて、周囲の夜闇を見据えた。
「何はともあれ、これで確実になりました。あのニブラの少年は、確実にこの街の人間社会に溶け込み、意図的に負の感情を増幅させて集めている。そして、オカ研の皆さんのような優秀な人間が近づけば、容赦なくその牙を剥くでしょう」
「……あいつ、私たちの邪魔をされたくないって言っていたわ」
陽菜が腕を組みながら、低い声で付け加える。
「ええ。これ以上、一般の人たちを巻き込むわけにはいきません。まずはこの人質の女の子を安全な場所へ送り届けましょう。後、ある程度まであの少年の出現場所は把握できました。明日はそこを重点的に調査しましょう」
エヴァの言葉に、月菜と陽菜は深く頷いた。
街の灯りは相変わらず穏やかに輝いているが、その底では確実に、ニブラの少年による悪意の種が撒かれ、育ちつつある。
「では、今夜はこれで解散としましょう。皆さん、くれぐれも油断しないで。特に月菜ちゃん、タクローさんたちオカ研の動きには目を光らせておいてくださいね」
「うん、分かってる。絶対にお兄ちゃんたちには近づかせないようにする!」
こうして、一筋縄ではいかない強敵の存在と、月菜の奇妙な性質が浮き彫りになった緊迫の夜は、静かに更けていくのだった。
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――翌朝。
「おーい、月菜。話、聞いてるか?」
「ふぇっ!?」
突然、目の前から飛んできた声に、月菜は間抜けな声を上げて飛び上がった。
昨夜の重苦しい空気から明けた、爽やかな朝。
ここはいつもの京田家の食卓で、月菜はトーストを前に朝食をとっている最中だった。対面に座る兄のタクローが、怪訝そうな顔でこちらを覗き込んでいる。
「ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「そうか? まぁいいけどよ。……で、明日何が食べたいものとかあるか? せっかくの月菜の誕生日だろ」
タクローがマグカップを片手に、何気ない調子で問いかけてくる。
明日、10月5日は月菜の誕生日だった。




