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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
10月

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31話 負を喰らう少年。⑤





「ちっ……!」


 陽菜は迫り来る肉厚な触手を剣で数本叩き落としたが、死角から迫るすべてを捌き切ることはできなかった。


 肌をかすめる不快な衝撃。

 魔装の隙間をすり抜けた一撃が、彼女の衣服を鋭く切り裂く。


『あらら。お気に入りの服、少し破れちゃったね』


 フェンスの上から、少年がクスクスと愉しげに嘲笑っていた。 


「うるさい」


 陽菜は冷淡に、それこそ路傍のゴミでも見るかのような冷え切った視線でニブラの少年を睨みつけた。


『あはは、怒らなくてもいいじゃない。安心してよ、僕は人間の肉体そのものにはあまり興味がないから。でも、不思議だよね。人間の女って、肌を露わにされるとそれだけで勝手に負の感情をドバドバ増してくれるんだよ』


「……悪趣味」


 吐き捨てるように返す。とはいえ、言葉とは裏腹に現状が圧倒的不利であることに変わりはなかった。人質がいる以上、大技での迎撃も、大きな回避行動も取れない。


『さぁ、そんな強情な君が、恐怖でどんな顔に染まるのか楽しみだよ』


 少年の合図とともに黒い触手が再び陽菜へ向けて一斉に牙を剥いた。

 その、絶体絶命の瞬間――。


「――《ムーン・ショット》っ!!」


 夜闇を鋭く切り裂き、目も眩むような光の弾丸が飛来した。猛進していた触手どもが、その光弾によって容赦なく撃ち抜かれ、爆散する。


『――誰だい?』


 少年が初めて不快そうに眉をひそめた。


「さらに――《ルナ・バインド》っ!!」


 間髪入れずに放たれたのは、眩い光の鎖。それは瞬く間に少年の身体へと巻き付き、その自由を完全に拘束した。


「陽菜、今っ!!」


「分かった――《ソーラー・ステップ》っ!」


 弾かれたように地を蹴った陽菜は、まるで陽炎の如き超高速の踏み込みで間合いを詰める。少年が縛られている一瞬の隙を突き、暗闇に囚われていた人質の少女を無事にその腕へと奪還した。


『あーあ。二対一なんて、ちょっとずるいと思うよ?』


 鎖に繋がれたまま、少年がわざとらしく頬を膨らませる。


「人質を取っておいて、ずるいも何もないよ!」


 言い返しながら、魔装をまとった月菜が着地した。


「月菜、なぜここに?」


 少女を安全な場所に寝かせ、陽菜が驚きを隠さずに尋ねる。


「んー……なんか直感的に、陽菜ちゃんが危ないかなぁーって思って、こっちに来ちゃった」


「……そう。助かった」


『ふぅん。とは言っても、君たち如きが何人集まったところで、僕の相手になるわけないよね』


 少年はつまらなそうに首を傾げると、品定めをするような昏い瞳で、今現れたばかりの月菜をじっと見つめた。


 ――そして。


『――っ、なっ、に、これ……!!?』


 突如、少年の顔から余裕が綺麗さっぱり消え失せ、その両目がこれ以上ないほど驚愕に見開かれた。


「な、なに……? 急にどうしたの?」


 あまりの狼狽ぶりに、月菜の方が気圧されて一歩身を引く。


『ふ、負の感情が……ない……? 嘘だろ、そんな馬鹿なことがあってたまるかよ……!


 少年は激しく動揺し、自身の顔を引きつらせていた。


「??? 陽菜ちゃん、これどういうこと?」


 完全に状況を置き去りにされた月菜は、思わず隣の相棒に尋ねた。


「……つまり、月菜の心の中には、あいつの餌になるような『憎しみ』や『怒り』といった負の感情が、今この瞬間、本当に一滴も存在していないってこと」


『こんな人間、初めてだ……! おい、まさか君、感情そのものがない欠陥品なのかい!?』


「ムキーっ! 感情くらいあるもん! 失礼なこと言わないでよっ!」


 心外だとばかりに、月菜は地面をドタバタと踏み鳴らして怒ってみせる。しかし、その怒りすらも、少年が求めるドロドロとした純粋な「負」とは根本的に性質が違っていた。


『チッ……いずれにしても、完全に興が削がれちゃったかな。これ以上長引くと僕も目を付けられているみたいたし、ここは大人しく撤退させてもらおうかな』


 少年が不機嫌そうに身体を捻ると、彼を縛っていたはずの光の鎖が、まるで乾いた縄のようにパキパキと引きちぎられた。


「あ……っ!」


『まだまだこの街の負の感情は足りないからね。これ以上、君たちに邪魔をされたくないな』


 少年は冷酷な捨て台詞を夜気に残すと、そのまま溶けるようにして、路地裏の深い闇の向こうへと消え去っていった。




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