31話 負を喰らう少年。④
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「――というわけで、今夜から夜間パトロールの範囲を大幅に拡大することにしました!」
ネオンの光が海のように広がる夜の街。
魔装を身にまとった月菜たち魔法少女一行は、ビルの屋上から屋上へと音もなく飛び移りながら、例のニブラの少年の手がかりを探していた。
「しかし、オカ研の皆さんも本当に困ったものですね。まさか自分たちからニブラの少年に首を突っ込もうとするだなんて……」
「自ら死地に飛び込むようなもの」
並んで跳躍するエヴァと陽菜が、呆れ半分、心配半分といった表情で月菜の方を振り返る。
「ち、違うよ! お兄ちゃんはユウゲンさんたちの暴走に巻き込まれただけで、自分から進んで探そうとしてるわけじゃないからね!」
月菜は空中で慌てて両手を振って、最愛の兄の弁護に回った。
「それは分かっていますよ。ですが、この半年間の様子を見ていて確信しました。オカ研のメンバーは、個々のポテンシャルが異常に高いのです。あのまま放置していれば、本当にニブラの少年の足取りを掴んでしまう可能性は否定できません」
「えっ……お兄ちゃんたち、そんなに凄いの?」
月菜の疑問に、エヴァは小さくため息をつきながら、指を折って数え始めた。
「普段の言動はアホっぽいですけれど、ショージさんは学年トップクラスの秀才。ミアさんは広いネットワークと人脈を持つ情報通。そしてユウゲンさんは、あの大企業【アズマ】の御曹司。極めつけに、なんだかんだで土壇場の勘がズバ抜けて鋭い万能型のタクローさん。冷静に分析すると、オカ研って驚くほど優秀な人材が揃っているのですよ」
「……確かに」
そんなハイスペックな面々が、なぜ揃いも揃ってあの不審なオカルト研究部に所属しているのかは、完全に不条理な謎である。
「とりあえず、今夜はここから二手に分かれてニブラの少年を捜索しましょう。何度も言いますが、もし姿を見つけても絶対に単独で交戦しないこと。すぐに私へ連絡してください」
「はいっ!」
「……善処する」
陽菜の返事に、ほんの一瞬だけ、奇妙な間があった。
「陽菜ちゃん、今あからさまに目を逸らして含みを持たせましたね? ……それから、ついでに星菜ちゃんにはこの件は絶対に秘密でお願いします。彼女、あのニブラの少年のことになると、我を忘れてカッとなってしまいますから」
エヴァが釘を刺すように言うと、陽菜は今度こそ黙って頷いた。
それぞれの担当エリアへ向けて散っていった。
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「ここにもいない……」
担当エリアである寂れた路地裏を、陽菜は一人、警戒を怠らずに歩いていた。
しかし、周囲には少年の姿どころか、ニブラの気配すら全く見当たらない。ただ、生ゴミの臭いと冷え切った夜気が漂うだけだった。
「ニブラの少年……か」
陽菜にとって何かと因縁のある星菜を完膚なきまでに圧倒したという謎の個体。
エヴァからは遭遇しても絶対に交戦するなと言われてはいた。
けれど、自分がどこまであの少年に通用するのかを試してみたいという気持ちが陽菜の胸の奥で確かに燻っている。
「今のところ、痕跡の一つも見つからない。一体どこに潜んで――」
『ふーん。ねぇ、僕のことを探してくれているんだ?』
不意に、頭上から降ってきた軽薄な声。
陽菜は息を呑み、跳ねるようにして振り返った。バサリと夜風に髪が揺れる。
「お前が――ニブラの少年っ!」
『そんな他人行儀な名前で呼ばないでよ。せめて、王子って呼んでくれないかなぁ?』
ゴミ箱の上のフェンスにちょこんと腰掛け、少年は無邪気な笑みを浮かべていた。
――気配が、全くなかった。魔装を纏った陽菜の索敵を完全に掻い潜り、至近距離まで接近していたという事実。
「(――危険。まともにやり合うのは分が悪すぎる)」
本能が鳴らす警鐘に従い、陽菜は即座にエヴァたちへ応援を要請しようとした。
しかし――
『おっと。お仲間を呼んじゃダメだよ? ――ほら』
少年が暗闇から引きずり出すようにして差し出したのは、ぐったりと脱力し、意識を失った一人の制服姿の少女だった。
「くっ……!」
陽菜の手が止まる。
『安心していいよ。この子の負の感情はあんまり美味しそうじゃなかったから、食べるつもりはないんだ。代わりに、君を頂こうかな。何やらとっても、上質で美味しそうな負の感情を隠し持っているみたいだし』
「(人質を取られている状態――これは圧倒的に不利)」
陽菜は剣を強く構えたものの、少女の命を盾にされている以上、下手に間合いを詰めることもできない。
全身の筋肉が緊張で軋む。
『別に、そっちから仕掛けてきても構わないんだよ? まぁ、この子がどうなってもいいなら、の話だけどね』
「……卑怯者」
『そんな人間独自の価値観で非難しないでよ。僕はニブラなんだからさ』
少年がくすくすと肩を揺らすと、その背後の影から、ドロドロとした触手が無数に這い出てきた。
大蛇のようにうねりながら、陽菜を包囲するように広がっていく。
『君の悲鳴、苦しみ……もっとたくさんの負の感情を見せてよ。あ、一応忠告しておくけど、余計なことをしない方がこの子の為だと思うよ?』
少年の愉悦に満ちた声と同時に、容赦のない無数の触手が、防戦一方の陽菜をめがけて一斉に襲いかかった。




