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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
10月

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31話 負を喰らう少年。③






―――――





「ど、どどどうしようっ、お兄ちゃんたちがあの少年のことを調べる感じだよ……!」


 オカ研の部室の外。

 薄暗い廊下の壁へぴったり張り付くように身を寄せながら、月菜は今にも泣き出しそうな顔で小声を漏らしていた。


 古い木製の扉越しに聞こえてくるのは、聞き慣れた兄たちの声だ。


『――黒いフードを被った少年が目撃されているんだ』

『そりゃ、笑えねぇな』


 ガラガラと騒がしく椅子が動く音。

 ホワイトボードに何かを書くマーカーの音。

 そして、ユウゲンの妙に芝居がかった大袈裟な声。


 どうやら本格的にオカ研のメンバーは、あのニブラの少年について調査を進めるつもりらしい。


「うぅぅ……嫌な予感しかしないよぉ……」


 月菜はガシガシと自分の頭を抱えた。


 兄のタクローは厄介ごとには首を突っ込みたくないタイプの男である。


 だが、一度でもこれは放っておけないと判断すると、なんだかんだ理由をつけて首を突っ込み、気付けば一番危険なド真ん中に立っている――そういう悪癖があった。


「タクローさんたちが、あのニブラを調べるのは危険すぎるわ」


 隣で陽菜が低く真面目な声を漏らす。


 いつもの冷徹な表情。けれど、その切れ上がった瞳には、僅かな警戒の色が遮るものなく浮かんでいた。


「あのニブラって、そんなに危ないの……?」


「ある程度の知能を持ったニブラなら、今までにも存在していた。けれど、あの少年は別格」


 陽菜は静かに、淡々と続ける。


「ニブラは、怒りや不安、憎悪に焦燥……そういう人間の負の感情を生命の糧にしている。けあの少年はうまく人間社会に溶け込みながら、意図的にそれを培養して得ようとしているわ」


「うわぁぁぁ……」


 月菜の顔が引きつった。


 昼休みに聞いた、クラスメイトたちの噂話が脳裏を過る。


『その男の子と喋った後、急に元気がなくなっちゃうらしいよ』

『最近なんか、みんなピリピリして喧嘩増えてない?』


 今までは局所的な怪異で済んでいたはずなのに、今や学校へ、そして街全体へと、確実に実害が出始めている。


「しかも、あのニブラは人混みの中に完全に紛れ込んでいる可能性が高いわ」


「え?」


「普通、ニブラは人間社会に溶け込めない。けれど今回は違う。隣を歩くクラスメイトのように自然に溶け込みながら、少しずつ、確実に人間の負を広げている」


 陽菜の声音が、すっと温度を落とす。


「このまま放置すれば、被害はもっと大きくなる」


「で、でも……」


 月菜は不安そうに部室の扉を見つめた。

 中からは、相変わらずタクローたちの緊張感の欠片もない会話が漏れ聞こえてくる。


『つまりだ! この少年は現代社会の闇が生み出した、新時代のハイブリッド怪異――』

『お前は毎回毎回、話を盛りすぎなんだよ』

『何だと!?』

『というかさ、ショタって情報、本当に必要だったか?』

『重要だろう!? 怪異の属性として不可欠だ!』


 ……いつも通りだった。

 街の危機に関わるような、恐ろしい話をしているはずなのに、緊張感があるんだかないんだかさっぱり分からない。


 だが、それでも。タクローたちが本気で動く気であることだけは、妹の月菜にも痛いほど分かってしまった。


「これ、絶対そのうち遭遇しちゃう流れじゃん……」


「可能性は極めて高い」


 陽菜は容赦なく即答した。


「タクローさん、こういう時の無駄な行動力と嗅覚だけはおかしいから」


「あー……うん。一ミリも否定できない……」


 月菜は遠い目になった。

 タクローはこういう厄介事の匂いだけは妙に敏感に察知するのだ。


「すぐに辞めさせるべき」


 陽菜は短くそう告げると、おもむろに部室のドアノブへ手をかけた。


「ちょっ、陽菜!?」


 月菜が慌ててその制服の袖を掴む。


「ま、まさか今から部室に乗り込むの!?」


「危険を放置する方が問題だから」


「いやでも、この空気の中に突撃するの入りづらくない!?」


「問題ない」


「第一、お兄ちゃんたちをどうやって止めるのさ!?」


 ギィ……。


 建付けの悪い古いドアが、僅かに隙間を開ける。

 ――その瞬間だった。


『でもまぁ、実際に怪我人まで出てるってんなら、放っとくのも寝覚めが悪ぃな』


 中から聞こえてきたのは、タクローの、どこかぶっきらぼうな声だった。


 ピタッ、と陽菜の動きが完全に止まる。


『おぉ! 流石はタクロー! その胸に熱き正義の心を秘めし男!』


『別にそんな大層なもんじゃねぇよ。ただ、身近でそういうのが起きんのは胸糞悪ぃってだけだ』


『フッ、つまりそれを正義と呼ぶのでは?』


『うるせぇよ。黙ってろ」


 月菜は思わず苦笑した。

 本当に、いかにもタクローらしい。


 格好つけるわけでもなく、高尚な正義感を振りかざすわけでもない。ただなんか気分が悪いから放っておけない、それだけの理由でタクローは平然と危険の渦中へ首を突っ込むのだ。


「……やっぱり、止まらなそう」


 陽菜が小さく、諦めたように呟く。


「うん……」 


「多分、いま力技で止めても、あの人たちは裏で勝手に動くわ」


「あー……それも、すっごくよく分かる……」


 月菜はガックリと肩を落とした。

 兄としてはこれ以上なく頼もしいが、妹としては心配と頭痛しか種がない。


「どうしよう……」


「止めるだけじゃ駄目」


 陽菜は静かにドアノブから手を離した。


「こちらも、先手を打って動く必要があるわ」


「へ?」


「エヴァに報告する」 


 その名前に、月菜の表情がキュッと引き締まる。


「あのニブラの危険度は、私たちの想定を超えている。エヴァに報告して、早急に対策を立てるよ」


「……うん、そうだね」


 もしこのまま被害が広がれば、街全体が取り返しのつかない事事態になる。それは当然、タクローたちにとっても同じことだ。


「急ぐよ、月菜」


「う、うんっ!」


 二人は小さく頷き合うと、足音を極力殺しながら、夕闇の迫る廊下を足早に駆け出した。


 一方その頃。静まり返ったオカ研の部室内では――


『なぁ、ユウゲン』


『何だ?』


『さっきから廊下の方、妙にガサガサと音がしてなかったか?』


『ふむ……もしや、我らの噂を聞きつけた新たな怪異の可能性も――』


『絶対違うだろ。お前の聞き耳の性能を疑うわ』


 タクローは呆れたようにツッコミを入れながら、何となく部室の古い扉へと視線を向ける。


 だが結局、風の悪戯か気のせいだろうと判断し、それ以上深く考えることはなかった。

 その頃にはもう、月菜と陽菜の姿は、とっくに廊下の向こうへと消え去っていた。





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