31話 負を喰らう少年。②
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キーンコーンカーンコーン。
午後の終わりを告げる気の抜けたチャイムが校内へ響き渡る。
放課後、部活へ向かう生徒たちの騒がしい足音を遠くに聞きながら、俺たちはいつもの空き教室へ集まっていた。
適当にパイプ椅子へ腰を下ろした、その瞬間だった。
待ってましたと言わんばかりに、ユウゲンが教壇へ駆け上がる。
「ふははは! 本日の議題はこれだ!」
バンッ! と勢いよくホワイトボードへ書き殴られた文字。
【負をモトム少年】
「……なぁ」
俺は開始五秒で頭を抱えた。
「何で“モトム”だけカタカナなんだよ」
「分かっていないなタクロー。その方が現代怪異っぽさが出るのであろう?」
「知らねぇよ」
相変わらずコイツの感性はよく分からん。
というか、放課後までオカルト全開なのやめてほしい。
「最近、この少年の噂が流れているのは知っているな?」
「あー、それなら聞いたことあるわ」
窓際に座っていたミアが頬杖をつきながら口を開いた。
「人気のない場所に急に現れて、“君の負の感情を教えて”って聞いてくる少年の話でしょ?」
「そう、それだ!」
ユウゲンが満足げに頷く。
「しかも、見た目は可愛い系のショタらしいぞ!」
「最後の情報いらねぇだろ」
「いや重要だ。怪異というものはギャップが――」
「黙れ」
即座に遮る。
するとミアがクスッと笑った。
「まぁでも今結構有名よ? 女子の間じゃちょっとしたオカルトブームみたいになってるし」
「そんな噂、マジで広がってんのか?」
思わず眉をひそめる。そういえば、ここ最近スマホのSNSや、学校の廊下なんかでも、そんな奇妙な都市伝説を何度か見聞きした覚えがあった。
ただの都市伝説かと思っていたが、思ったより噂は広範囲らしい。
その時。
ミアがニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「タクローとショージは友達少ないから知らなかったかもしれないけど」
「……おい」
「今サラッと傷つくこと言わなかった?」
「気のせいじゃない?」
「ハッ!!」
突然、ショージが勢いよく立ち上がる。
「俺にはタクローという親友が一人いれば十分なんだよ!!」
「湿度高ぇなぁお前……」
「何だと!? 男同士の熱き友情を否定するのか!?」
「否定はしねぇけど重いんだよ」
いつもの調子で騒ぐショージを横目に俺は改めてホワイトボードへ視線を向けた。
【負をモトム少年】
字面だけなら、よくある都市伝説だ。
ネット掲示板にでも転がってそうな、安っぽい怪談話。
なのに、妙に嫌な感じがする。
「で? そんな怪しい少年がどうしたんだよ」
俺が訊ねると、ユウゲンはふざけた空気をスッと引っ込めた。
「ここ最近、町で妙な事件が急増している」
「事件?」
「ああ。口論、暴力沙汰、傷害事件……どれも原因は驚くほど些細なものだ。だが――当事者たちの様子が明らかにおかしい」
ユウゲンはマーカーを走らせる。
【異常な激情】
「肩がぶつかった。目が合った。声がうるさかった。普通なら“悪ぃ”で終わる話ばかりだ。だが連中は違った」
教室の空気が少し静かになる。
「まるで理性のブレーキが壊れたみたいに暴れ回ったらしい」
「……」
「逆に、感情そのものが抜け落ちたみたいに無気力になるケースもある」
ミアの表情から笑みが消えた。
「それって……」
「しかも共通点がある」
ユウゲンが声を落とす。
「事件直前、黒いフードを被った少年が目撃されているんだ」
その瞬間。
教室の空気がドサリと重くなった。
ショージすら口を閉ざしている。
「それって、本当に怪異か何かなの?」
ミアが小さく呟く。
「可能性は高い。既に数件、暴走した当事者が救急搬送されたケースもあるらしい」
「は?」
思わず声が低くなった。喧嘩で救急車が?
「まるで理性のブレーキが壊れたみたいに暴れ回ったらしい」
「……」
「逆に、感情そのものが抜け落ちたみたいに無気力になるケースもある」
「……そりゃ笑えねぇな」
俺は椅子にもたれながら天井を見る。
最近感じていた街の妙な空気。
イライラした人間。
ギスギスした空気。
些細な事で怒鳴り合う連中。
全部、繋がってるっていうのか。
「最近ほんと変よね」
ミアが腕を組む。
「街全体がピリピリしてる感じするし」
「……」
「……そりゃ怖いな」
その瞬間、教室の空気が少しだけ重くなった。ショージですら流石にふざけるのをやめている。
その時だった。
ふと。
窓の外へ視線が向く。
「……?」
今誰かこっちを見ていたような……
「タクロー?」
ミアの声で我に返る。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」




