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妹は魔法少女になりましたか?  作者: 吉本優
10月

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199/261

31話 負を喰らう少年。





―――――






『ねぇねぇ、最近さ。ちょっと変な男の子の噂、知ってる?』


 波乱の球技大会から一週間後。


 昼休みを告げるチャイムが鳴り終わり、静かだった教室は一気に騒がしさを取り戻していた。

 あちこちで弁当箱の蓋が開かれ、購買へ向かう男子たちが廊下を駆け抜けていく。


 そんな賑やかな空気の中。


 月菜と陽菜のすぐ隣で、女子グループがひそひそと噂話を始めていた。


『あ、それ聞いたことある!』


 一人の女子が勢いよく身を乗り出す。


『人気のない場所に急に現れてさ――『君の負の感情を教えてよ』って聞いてくるんだよね?』


『そうそう! しかも結構可愛い系の男の子らしいんだけど、なんかめちゃくちゃ気味悪いんだって』


『でね、その子と話した人、その後急に元気なくなっちゃうらしいよ?』


『えぇ……なにそれ、怖っ』


 女子たちは半分面白がりながら、半分本気で怯えるように肩を寄せ合っている。


 だが。


「(……陽菜)」


 月菜は視線だけを隣へ向けた。


「(ええ。十中八九、あのニブラの少年でしょうね)」


 陽菜は小さく頷く。


 つい先程まで他愛ない話をしていた二人の間から、穏やかな空気は綺麗さっぱり消えていた。


 特に陽菜の瞳は鋭い。


 まるで獲物の気配を察知した刃のように、静かな緊張を帯びている。


「ニブラって、そんなことまでやるんだ……」


 月菜は思わず小声で呟いた。


「ここまで露骨に現世へ干渉する例は珍しいわ」


 陽菜は周囲へ聞こえない程度の声量で続ける。


「けれど……あの少年なら十分あり得る」


「うぇぇ……なんか嫌なタイプの敵だねぇ……」


 月菜は露骨に顔をしかめた。


 派手に暴れる怪物の方が、まだ分かりやすい。


 だが今回の相手は違う。


 人知れず人の心へ入り込み、感情を歪め、少しずつ壊していく。


 まるで病気みたいな気味悪さがあった。


『月菜ちゃんたち、何の話してるのー?』


「ひゃっ!?」


 不意にクラスメイトの女子が顔を覗き込んできて、月菜は肩を跳ねさせた。


「あ、いやいや! こっちの個人的な話だから!」


 慌てて両手を振る。


 危ない。


 うっかり一般人の前でニブラなんて単語を口走り続けるところだった。


『そぉ? でも最近ほんと変な空気だよねー』


『分かる。なんか街全体ピリピリしてる感じ』


『うちのお父さんも最近ずっと機嫌悪いんだよねー。昨日とかめっちゃキレてたし』


『ストレス社会ってやつじゃない?』


 女子たちは軽いノリで笑っている。


 だが、その何気ない雑談を聞いていた陽菜の表情は、徐々に険しさを増していた。


「……広がってる」


「え?」


「負の感情を吸収しながら、同時に増幅している」


 陽菜は静かに言う。


「あの少年の存在そのものが、この街の精神バランスを崩し始めている」


「せ、精神バランスって……」


「小さな苛立ちや不満が、異常な速度で膨らんでいるの。普通なら抑えられる感情まで暴走しかけている」


 月菜は思わず唾を飲み込んだ。


 言われてみれば、最近妙にギスギスした空気を感じる場面が増えていた気がする。


 電車の中で怒鳴る人。

 些細なことで揉める客。

 イライラした顔で歩く大人たち。


 それはただの偶然だと思っていた。


 けれど――。


「もしこのまま放置すれば、人々の感情は制御を失う」


 陽菜の声は低い。


「小さな不満が憎悪に変わる。些細な衝突が暴力へ発展する可能性もある」


「ぼ、暴力って……」


「最悪、人を傷付けるところまでね」


 ゾクリ、と。


 月菜の背筋を冷たいものが駆け抜けた。


 教室の空気が、ほんの少しだけ重くなった気がする。


 そして。


 まるで、その会話を待っていたかのように――。


 ――ガタァァンッ!!


『うおっ!?』


 突如、教室後方で激しい音が炸裂した。


 机が派手に倒れ、クラス中の視線が一斉にそちらへ向く。


「っ……!」


 そこでは、一人の男子生徒が別の男子生徒の胸ぐらを掴み上げていた。


『テメェ……さっきから調子乗ってんじゃねぇぞ!!』


『はぁ!? 意味分かんねぇし! 離せよ!』


 ただの口喧嘩。


 原因だって大したことではないだろう。


 普段なら軽口を叩き合って終わる程度の小競り合い。


 だというのに。


「――っ!?」


 月菜は思わず息を呑んだ。


 男子生徒の顔が、明らかに異常だったからだ。


 白目は血走り、呼吸は荒い。


 瞳から理性の光がほとんど消えている。


 そこにあるのは、剥き出しの怒りと敵意だけだった。


『ちょ、ちょっと落ち着きなって!』


『やめなよ二人とも!』


 周囲の生徒たちが慌てて止めに入る。


 だが、興奮は収まらない。


 むしろ止められるほど激しくなっているようにさえ見えた。


『うるせぇ!!』


 男子生徒が乱暴に腕を振るい、止めに入った友人を突き飛ばす。


『きゃっ!?』


 女子の悲鳴。


 教室の空気が、一瞬で凍り付いた。


 月菜は反射的に立ち上がりかける。


 ーーーしかし、その前に。


「……間違いない」


 陽菜が静かに呟いた。


「え……?」


 陽菜は騒ぎの中心を真っ直ぐ見据えながら、低く言い放つ。


「この街はもう――狂い始めている」


 その言葉と同時に。


 教室の窓ガラスの外に面白そうに笑うような表情を浮かべた少年の姿があった。





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