30話 妹たちがいる球技大会は落ち着かない。⑩
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「月菜、少しは落ち着いて」
全員の腹が満たされた後、各々が談笑にふけっている中、タクローは星菜に呼び出され席を外したのである。
「落ち着いていられないよ! だってだって…お兄ちゃんと星菜ちゃんが二人っきりなんだよ!」
「確かに佐々木星菜はタクローさんに好意があるように感じる」
「でしょ? イベントの後に告白だなんて鉄板も鉄板だよ!」
「ここがお好み焼き屋だけに?」
「そんな上手いことは言ってない!」
そうこうしている間に二人が戻ってきた。
「おー、タクローに星菜ちゃん。いきなり席を外してどうした? 愛の告白か?」
ショージは一切の躊躇なく二人に切り込んだ。
(流石はショージさん。切り出しにくいこと堂々と話した!)
月菜は心の中でショージにグッジョブしていた。
「ふふ、当たりです。そして見事にカップルが成立しちゃいました♪」
星菜はそう言うとタクローの腕にしがみついた。
星菜がタクローの腕を抱きしめた瞬間、月菜の瞳から完全にハイライトが消え去った。
世界がモノクロームに染まり、体育館が崩壊する以上の終末感が、彼女の小さな脳内を完全に支配していた。
「あ、あ……あ、あばばばばば……」
「つ、月菜!?」
陽菜が慌てて月菜の肩を揺さぶるが、彼女の意識はすでに次元の狭間へと旅立っている。
「違う違う、全く違う! 別件だ、100%別件だから!!」
タクローは慌てて星菜の拘束を解こうとするが、中等部離れした抜群のプロポーション(84のDカップ)による柔らかい感触が容赦なく腕に押し付けられ、別の意味で冷や汗が止まらない。
「えー、そんなぁ……。あたしの乙女の純情を、そうやってみんなの前で弄ぶだなんて……ひどいですよ。タクロー先輩♪」
星菜はわざとらしく潤んだ瞳でタクローを見上げ、クスッと小悪魔的な笑みをこぼした。
「おいタクロー、貴様ァ……! 中等部屈指のアイドルを泣かせるとは何事だ! しかもそんな絶景ポジションを独占しおって!」
ショージがギリィ……と歯を鳴らしながら、裏切り者を見る目でタクローを睨みつける。
「だーかーら! 星菜ちゃん、お前も面白がってややこしい嘘つくな! ほら、うちの妹が本格的に魂の限界迎えてるから!」
タクローが必死にツッコミを入れると、星菜はようやく満足したように「あははっ」と弾けるような笑顔で腕を離した。
「冗談、冗談だよ♪ ちょっと月菜ちゃんのリアクションが見たくて。……ね、タクロー先輩?」
「心臓に悪い冗談はやめろ……」
タクローは大きくため息をつき、ようやく臨死状態から生還しつつある月菜の頭にぽんと手を置いた。
「ほら月菜、呼吸しろ。ただの学校行事の片付けとか、ちょっとした相談事だよ。告白なんて1ミリもされてねぇから」
「ふぅ……。お、お兄ちゃんの嘘つき、信じられない、心臓が止まるかと思ったんだからね……!」
月菜は胸元を押さえ、涙目でタクローをポカポカと殴りつける。その顔は恥ずかしさと安堵でこれ以上ないほど真っ赤だった。
「……やれやれ。騒がしいわね」
その様子を呆れたようにミアが見ていた。
「佐々木星菜。……冗談にしては過ぎている」
「あれぇ? 陽菜ちゃん、もしかして妬いてくれた?♪」
「……不合理な仮定。却下するわ」
陽菜はふいっと顔を背けたが、その耳たぶが微かに赤くなっているのを、星菜の見落とすはずがなかった。
そんな賑やかな騒ぎの最中。
鉄板の向こう側で、田中さん――エヴァが、じっとタクローと星菜の二人の距離を見つめていた。
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お好み焼き屋を出ると、夜の街にはすっかり心地よい冷気が満ちていた。
ソースとマヨネーズの熱気で火照った身体には、九月の夜風がちょうどいい。
「ユウゲン、今日はごちそうさま! また奢ってね」
「フハハ、楽しみに待っているぞミアよ! 我が財布は常に開かれているぞ!」
駅前のロータリーで、各々が家路につくために別れの挨拶を交わす。
ショージはまだ微かに痙攣している左手をポケットに突っ込みながら、「じゃあなタクロー、明日右手が筋肉痛になってても恨むなよ」と捨て台詞を残して改札へと消えていった。
「それでは、皆さん。私たちもこれにて失礼いたします」
田中さんは、いつも通りのほんわかとした丁寧な一礼をして、陽菜ちゃんと共に逆方向のホームへと歩いていく。
そして――。
「じゃあね、タクロー先輩、月菜ちゃん。今日はすっごく楽しかった!」
星菜が街灯の光を浴びながら、弾けるような笑顔で振り返る。
「うん、私も! 星菜ちゃん、また明日学校でね!」
月菜が元気に手を振る。お好み焼き屋でのあの修羅場が嘘のように、二人の間には等身大の女子学生の友情が育まれていた。
「……星菜」
その時、ロータリーの街灯の影から、音もなく一人の男が姿を現した。
佐々木冥夜。
妹の帰りを待っていたのだろう。その立ち姿は相変わらず周囲の空気をピリつかせるほどの威圧感を放っていたが、星菜ちゃんを見る瞳は妙に優しかった。
「クソ兄……。言ったでしょ、迎えなんていらないって」
星菜ちゃんの顔から、先ほどまでの明るい笑みがスッと引いていく。
その拒絶のトーンに、冥夜は反論することなかった。
「行こう、星菜。夜道は危険だ」
「……わかってるよ。じゃあね、二人とも」
星菜は小さくため息をつき、冥夜の後を追うように歩き出した。
――押し寄せる、不穏な足音が俺たちのすぐ足元まで迫ってきている気がする。
「……お兄ちゃん、帰ろ?」
不意に、隣にいた月菜が俺の制服の袖をぎゅっと掴んできた。
星菜ちゃんたちの背中を見て、何かを感じ取ったのかもしれない。少しだけ不安そうに俺を見上げてくる妹の頭を、俺はガシガシと雑に撫で回した。
「痛っ! 何するのさ、髪型崩れるじゃん!」
「ほら、さっさと帰るぞ。母さんが起きてたら、服が油臭いって怒られるからな」
「あ、忘れてた! ファブリーズ、ファブリーズしなきゃ!」
ギャーギャーと騒ぎ始める月菜を連れて、俺たちはいつもの見慣れた帰り道を歩き出した。




