30話 妹たちがいる球技大会は落ち着かない。⑨
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「皆の衆、お疲れであった。存分に焼き、存分に食してくれ!」
ユウゲンの豪快な乾杯の音頭と同時に、お好み焼き屋の座敷に小気味よいコップのぶつかる音が響き渡った。
波乱に満ちた球技大会も、どうにかこうにか無事(?)終了。
今宵はユウゲンの太っ腹な奢りという名目で、オカ研と日文研のメンバーによる盛大な慰労会が執り行われていた。
目の前の鉄板からは、ソースとマヨネーズが焦げる猛烈に香ばしい匂いが立ち上り、否応なしに胃袋を刺激してくる。
「お兄ちゃん、惜しかったね……あと少しで決勝に行けたのに」
月菜が冷たいジュースのグラスを置きながら、しみじみと呟く。
俺たちのクラスの準決勝の相手は、あの例の三年生。クラスのほぼ大半が本物の野球部員で構成されているという、文字通りのゴリラ集団だった。
やはり毎日泥にまみれて白球を追っている連中は伊達に強く、こちらもかなりいいところまで追い詰めたものの、最後は僅差でうちのクラスが敗れ去る結果となった。
「くっ……俺の左手が、万全ならば……!」
隣でショージが、鉄板の熱気にも負けないほど青白い顔をして、プルプルと痙攣する左手を痛々しそうに掲げて見せた。
それもそのはず、試合中、俺の全力の剛速球を至近距離で受け続けさせられたショージの左手は、とっくに限界を迎えていたらしい。
終盤、大事な局面で何度もボールをポロリとこぼしていたのは、責めるに責められない完全にショージの肉体的な悲鳴だった。今もコテを握る手が生まれたての子鹿の足みたいに震えている。
「ミアたちもよくやってたな。決勝ブロックまでは進めなかったけど」
俺が鉄板の上で良い色に焼き上がった豚玉にコテを入れながら声をかけると、ミアが悔しそうに唇を尖らせた。
ミアと田中さんが出場した女子バレーだったが、健闘したものの、最終的には勝ち点差というシビアな壁に阻まれ、惜しくも決勝ブロックへの切符を逃していたのだ。
「まぁ、色々凄かったよな……物理的な意味で」
ボソリと呟いたショージの視線は、健気にキャベツのボウルを混ぜている田中さんの、とある一点へと向けられていた。
確かに今日のバレーの試合中、田中さんがコートを華麗に跳ぶたびに、周囲の男性陣からは何故か言葉にならない凄まじい歓声が上がっていた。
そして当然のごとく、それを見たコート内外の女性陣は、氷河期のような白い目で男性陣をゴミを見るように睨みつけていたものだ。
――まぁ、何が凄かったのか、その理由については察してくれ。男のロマンが、あの狭いコート内で存在していたって事だな。
「それに引き換えミアは……なぁ?」
ショージがからかうような視線を向けると、ミアが青筋を立ててバンッとテーブルを叩いた。お好み焼きの青のりが微かに舞う。
「何よショージ。私だって何個も綺麗にスパイクを決めていたわよ! それに、私はまだ発展途上なんだからね!」
別にそれは自分で主張しなくていいぞ、ミア。
色んな意味で、未来の可能性を信じるのは良いことだが。
そんな男子たちの下世話な視線を全く気にする風もなく、田中さんは、冷徹な青い瞳の奥にいつものほんわかとした天然系の空気を纏わせ、プロ顔負けの手際で油を引きながら静かに烏龍茶を口に運んでいた。
「月菜ちゃん、陽菜ちゃん……星菜ちゃんは残念でしたね」
ミアが少し視線をずらし、灰のようになって燃え尽きている女子二名に苦笑いを向ける。
あの試合を終えた直後の試合、三人はコート上で全ての精魂を使い果たしてしまったらしく、その次の試合では、まるで某有名バスケ漫画の強豪校の如く、嘘のようにボロ負けしてしまっていたのだ。
しかし、そんな中で一人だけ、中等部のアイドルは妙に艶やかな笑みを浮かべていた。
星菜は手元のコップをカランと鳴らし、愉悦に満ちた小悪魔の微笑みを浮かべる。
「ふふっ、あたしは試合には負けちゃったけど、水色(月菜ちゃん)と、白色(陽菜ちゃん)の秘密が知れて、大・満・足♪」
「せ、星菜ちゃんっ!?」
「佐々木星菜……!」
顔を真っ赤にして飛び起きる月菜と、消え入りそうな声で冷徹に脅迫を口にする陽菜。
そんな女子たちの修羅場を前に、俺は「ホント何の話をしてたんだよ……」と呆れるしかなかった。
「しっかし、ユウゲンが卓球で優勝するだなんて信じらんねぇよ」
ショージが面白くなさそうに顎でしゃくった先には、一人で焼きそばの皿を独占している男がいた。
今回、唯個人種目である卓球に参加していたユウゲンは、なんと並み居る猛者たちをなぎ倒し、堂々の優勝をかっさらっていたのだ。
「ふはは、アズマの辞典に敗北の文字はないわ!」
大仰に胸を張るユウゲン。
流石に本人が豪語していたような、壁を突き破る【音速卓球】では無かったのだが、それでも一球ごとに奇妙なポーズと呪文を繰り出す白熱した戦いを、ユウゲンは真面目に行っていた。
「ちょっとお兄ちゃん! そっちのモダン焼き、私が狙ってたんだからね!」
「はいはい分かってるよ。お前は大人しく水でも飲んでろ」
「それ絶対に下着の色にかけてるでしょ! 最低っ!」
いきなりとんでも暴露をギャーギャーと騒ぐ妹の頭を小突いていると、ふと、星菜ちゃんと目が合った。
彼女は、先ほどまでの小悪魔な笑みをふっと緩め、どこか安心したような、年相応に純粋な笑顔をこちらに向けていた。
「よしユウゲン、優勝者の奢りってことで、お好み焼きもう三枚追加な! 餅とチーズトッピングで!」
「ふはは、どんどん頼むがよい。どれだけ頼もうと我が財布は無傷であるぞ」
賑やかな笑い声が、鉄板のジュウジュウという音と共に夜の街へと溶けていく。
俺たちは押し寄せる不穏な未来を今はまだ遠いものとして蹴散らしながら、目の前のアツアツのご馳走へと再び賑やかにコテを伸ばした。




